③ HAZID会議の手法を利用したハザードに対する感性を磨く訓練

4-3.訓練や知識不足など,未熟さに対処するための取り組み

4-3-3 状況主義的教育プログラム

 

③ HAZID会議の手法を利用したハザードに対する感性を磨く訓練

«HAZID とは»
新しい構造物やシステムを作る場合に,その存在や使用によって人命や財産の安全,環境などにどのような影響を及ぼすかを様々なシナリオを想定して検討することが行われる.このような安全性や環境影響を評価する手法として近年広く利用されているものに,リスクに基づく安全性評価法がある.分野により用いられるリスクベース安全性評価には様々な手法があり一定の手順で行われる.

リスクベース安全性評価手順に「Hazard および想定災害の同定」があり,HAZID(Hazard Identification)と呼ばれいくつかの手法がある.これらの手法ではHazard の同定だけに留まらず,リスク評価や対処措置までを検討し,Hazard が同定されると,想定事故などのシナリオ抽出と設定が行われ,リスク解析および評価(同定されたHazard がシステム全体におよぼす影響,具体的には人命損失や被害の程度を解析),さらにHazard がどの程度の頻度で発生するかの解析も同時に行われる.リスクを被害度×頻度のスカラー量として表し目標リスクと対比させて評価する場合もあるが,ここでは,マトリックスを用いた2 次元的な評価を紹介する.

Hazard の同定作業は複数の専門家によるHAZIDミーティングをとおして行うことがあり,この場合の影
響度や安全策の妥当性等を評価する代表的な手法として,What-if 法がある.学生への安全教育に応用するのは,What-if 法の改良版で構造化What-if 法(Structured What-If Technique:SWIFT)である.構造化されたワークシートを用いて,”What-if”,”How could”,”It is possible” といった質問をもとにブレインストーミングを実施することで,チームレビューを中心によりシステマティックな議論の進行を行えるようにした方法である.

SWIFT ではあらかじめ,ガイドワードを用意しておき,議長役はこれにしたがって質問を構築していく.記録用のワークシート(SWIFT ワークシート)を用意することで,よりシステマティックに議論が進行する.

SWIFT の特徴をふまえ,次のように行う.

〈1〉ワークシートの作成自体をミーティングの場で行う.

〈2〉産業界ではSWIFT は,通常,議長,記録係および検討中の課題に対して十分な経験を有する数名がミーティングに参加し一般に7 ~ 10 名のグループが結成されるが,議論に不慣れな学生の場合は一人ひとりの参加度を上げるため4 ~ 5 名でグループを組む.

〈3〉リスク評価基準の設定では,影響度指数と発生頻度指数のランクを設定してリスクマトリックスを作成する.ランクの設定は教員側で準備しても良いが時間的に可能であれば学生と一緒に作成する.影響度指数と発生頻度指数の評価には,事故についてのデータベースに基づく確率評価が必要となるが,データの入手が困難である場合やデータが十分でない場合は,確率の推定が難しい.学生用の教育プログラムでは,確率に幅を持たせた定性的な評価として感度分析に基づいてハザードの重要度評価を行うのが合理的である


〈4〉Hazard の同定過程では,あらかじめ設定されたガイドワードに対して議長が質問を行い会議が進んでいく.ガイドワードの例として以下のものが考えられる.

⃝ 自然災害に関するもの(異常な気温,津波,地震,大雨,台風)
⃝ 外的影響に関するもの(テロ,火災・爆発,来場者が多いイベント)
⃝ ヒューマンファクターに関するもの
⃝ 機器・用具の故障に関するもの
⃝ 運用の失敗に関するもの
⃝ 緊急時オペレーションに関するもの(退避,救出)
⃝ 既存設備の検査や保守に関するもの

進め方

ワークシート(表4-1)に記入しながら進めるが,ワークシートの内容や記入順序は適宜,変更しながらやりやすい方法で進める.

〈1〉施設/システムの記述

〈2〉Hazard および想定災害の同定(HAZID)関連する事故やトラブル情報の収集を行い,これらを
参考にして,Hazard の同定想定事故や故障のシナリオの抽出と設定リスク評価基準の設定ガイドワードの抽出,影響度指数(SI),発生頻度指数(FI),(表4-2,4-3 参照)使用するリスクマトリックスの決定(表4-4 参照)図4-46 リスクベース安全性評価の流れ図

〈3〉リスク解析および評価

〈4〉事故防止や拡大抑制措置の対策の立案

〈5〉対策後のリスクの再評価

対策を講じることによるリスクの低減と発生するコストを考慮して適用するか否かを検討

〇訓練の例

学校内の場所,例えばグラウンド,実験室など,学生が実際に何らかの活動を行う場所をフィールドとして,4 〜 5 人のチームで観察し,そこに潜むハザードを同定する.その後,リスク解析や評価,改善案につなげ,学長など組織の責任者への提言という形で発表(情報発信)の機会を設ける.

〇教材の特徴
「知る」・・・ワークが活性化すれば色々なことを“ 知りたい” 欲求が自ずと生まれるため,振り返りでの質問事項をきっかけにするなどして効果的に新しい知識が獲得されるようにする.
「感性」・・・能動的なグループワークで小さな成功体験をすることにより有能感(自分はできるという実感)を得,さらに,振り返りの時間に,気づきの楽しさや他の人の感性に触発されることの有効性を確認することによって,ハザードに対する感性を身につける.

〇準備
⃝ なるべく大きいホワイトボード/チーム
⃝ ホワイトボード用の強粘着付箋
⃝ 補足記入用のマーカー
⃝ 個々用のサインペン(付箋記入用,ボールペンや鉛筆だと他の人に見えにくいため)
⃝ 1 チームは4 名+ファシリテーター(教員でもよい)⃝ 事前課題として,有事を想定して学内で危ない場所を挙げてみておく,何らかの専門家の視点(役割)をもたせることも効果がある.キャンパスのハザードマップがあれば使うことも可能.⃝ 成果物として学長への提案書を作成(ワークシートなど)
⃝ 正しいブレインストーミングの訓練 → HAZIDでの議論はブレインストーミングのスキルに依存
する(ルールの確認,雰囲気作り,アイスブレークなど)

〇進め方の工夫

⃝ いくつかのガイドワードから自分たちが取り組むもの2 ~ 3 つ決める.選択肢があることはモチベー
ション向上(p12 3 章参照 動機付け理論:学習の選択の機会)への仕掛け
⃝ 流れを説明,特に最後の学長への提案書作成が成果物であることを示す.ゴールが明確であること
が主体的な活動にとって重要(動機付け理論:随伴性認知の促し)
⃝ 議論や話すだけではなく書くことによる思考の言語化,作図による視覚化によって創造性が刺激を
受ける
⃝ カードによるブレインストーミングとマッピングによる合意の視覚化で,創造性を刺激し,議論の結果を俯瞰的に捉える,議論への参加度も高まる.
⃝ ワークの途中で1 ~ 2 回ワークの進捗チェックと質問タイム,フォーメーションを変える工夫をすることで深い思考へと導く.
⃝ このワークのアイスブレーキングとして,①ブレインストーミングの練習,②リスクの評価基準について議論,③いくつかの(当たり前でも)前提を確認することが有効である.〇教員(ファシリテーター)の役割
⃝ 図4-34 の開いた質問(ヒントではなく)で問いかけ続け,新しい視点や可能性に気づかせる.
⃝ 学生のアイディアを引き出すために,学生を信じ待つ(空白の時間の大切さ)ことが重要である.
⃝ 教員が説明的になり話し過ぎると,受け身として聞いて理解することに一生懸命になってしまい,良いアイディアが出るチャンスを奪うことになる,むしろハングリーになるように工夫する.
⃝ インタラクティブな学びとなるように個々へ,全体へと働きかける(個→チーム→全体→個を繰り返すようにファシリテートする)
⃝ 考えるための前提のどこまでを決め,どこまでを決めないでおくか(リアリティを感じさせるために)を明確にしておく.図4-47 では,教員の役割は,学生個々の意見の取りまとめ役となり,学生によるチームとしての機能を奪ってしまうことになる.個々の能力は高いと信じて,引き出そうとすることが重要である.効率的にすると結果重視に陥りやすい.学生のセンスの醸成のためにはプロセスが重要である.一方,図4-48 では,教員の役割は,学習共同体の形成を支援する立場である.教員がこのような立場に立つと,共同体内のコミュニケーションを促進し,学生の感性を刺激,鼓舞,目覚めさせ,学習共同体の形成による学び合いの効果が高くなる,学習者の参加度を高める=プロセス重視という学習が機能する


〇 効果的な振り返りの方法と設問の例

振り返りの目的は“ 学生へのフィードバック” と“ 手法の評価” である.学生個々が書いてから,シェアした方が深まる.

⃝ HAZID という手法に関すること
⃝ 進め方に関すること
⃝ 自分の変化や気づきに関すること(あった,なかったも含めて)
⃝ 残った疑問
⃝ 改善点