3-3 指導者の役割

 学習者は知識がない者として、教え込むことを教育の中心とする指導者の教育観と、学習者がもっている知識や経験、文脈から始め様々な力の獲得を支援することを教育の中心とする教育観は、かなり異なる。

 優れた講演者としていかにして効率よく伝え、それを学生が確実に再現できるかが前者の指導上の最大の関心事であり、その教育観に基づいて授業プログラムを組み、情報を構造化して整理し、わかりやすい教材や資料を用意する。

 一方、一人ひとりの能力が活かされるチームの中で創造性を発揮してイノベーションを起こすことを支援するKOSEN型実技教育では、指導者は講演者ではなく、やる気を促し認知活動を監督しコーチして思考を深めるファシリテーターやスーパーバイザーの役割を担う。当然、身につけるスキルも授業の準備も授業での振る舞いも、講義中心の場合とは大きく異なる。

3-3-1 指導者は学生の何をみるのか

 講義と筆記試験が中心の授業では、学習者はブラックボックスである。何をどのように投入すると、何がどれくらい出てくるかを指導者は見ようとする。出てくる質や量をなるべく客観的に測定しようとし、それで学習者の能力も評定する。そして、投入するものの質や量、投入する方法を効率的に考える。

 しかし、著者が提案するKOSEN型実技教育では、学習者の振る舞い、態度、文章、言葉などから、学習者の内面で起こっていることに最大の関心を寄せることになる。授業中は、認知活動の観察者や心理学者として学習者に接し、時には認知活動のモデルとしてコーチし学びのプロセスを監督しなければならない。観察で得た情報は、評定に利用するよりも、学習者にフィードバックして、さらなる学びの深まりや広がりを促すためのものとなる。

 具体的には、授業中は学習者を良く観察し、問いかけによるやり取りや学習過程の各種成果物を良く見て、学びの質を向上させるように働きかけることが指導者の役割となる。

3-3-2 足場かけ

 適切な足場かけ(3章1節-6を参照)の第1段階として、学習者の理解や能力、発達度合を超えて有意味で文化的に望ましい課題に取り組むように方向づけ、奨励する。現実的には、様々な制限や枠組みがあり、その中で最大限に学びの効果が期待できる課題や範囲を選ばなくてはならない。

 第2段階では、学習者の現在の状態(理解や熟達の状況)を注意深く診断し、学びの過程に関与し、どの程度どのようにしてサポートするのが必要かを見積もる。一人ひとりへの援助というよりは、学びの共同体(グループやクラス)に対して他の学生たちや印刷物、学習支援ツールなど(分散化した知)が相乗的に関わることで、学習者にとってより堅固な足場かけが行われるようにする。直接教授、学習環境、様々なアクティブ・ラーニングの手法などを、効果的に組み合わせるようデザイン(課題の構造化:課題を可視化したり単純化したりして見通しをもって関われるようにすること ⇒ 問題化:何が重要か関わるべきかを同定し示すこと ⇒ 足場はずしの判断)しなければならない。

 最後の段階で、学生のモティベーションを上げるように、ある一定の幅をもたせた範囲で学習者に選択の余地を与えながら、直接教授、教室談話や問いかけ、ヒントの提示などで具体的にサポートしていく。さらには、学習者の熟達を見極めながら適切にサポートを減らして自立を促していく。

 このような指導者の役割が果たせているかについては、自己評価と共に授業づくりチームによる相互評価をすることが、有効であり心強い。学習者にチームワークや学びの共同体を体験させるならば、指導者もまた、授業づくりという仕事の過程で学びの共同体による知の創造体験をもつことが大変重要である。

3-3-3 思考を深める問いかけ

 また、PBLのような学びにおいて、思考を深めるための問いかけのあり方を考察するには、図3-16に示すカレン・キッチナー(1983)の認知プロセスの3段階モデル(著者ら翻訳・加工)が役立つ。その3段階のレベルとは、「認知するレベル」、「認知を認知するレベル(メタ認知)」、「認知に関する認識のレベル(認知観)」であり、問いかけも変わっていく。

 指導者は、知識やなすべきこと、考える方法を教え導くのではなく、学習者の思考の最前線において問いかけを行うことで意欲を持たせ、学習者自らが答えにたどり着き、または答えを見出すのを助けるのである。強く促しすぎて学習者があせったりあきらめたりしないように気をつけながら、限られた時間や環境の中で、学習者の意欲を適切なレベルに維持することに配慮しなければならない。

 具体的な問いかけの方法として、Open Question(開いた質問)も効果的である。Open Questionとは、「Yes」や「No」だけでは答えられないような問いかけの仕方である。

 具体例として、中学生対象の講座において、原子核の大きさを分かりやすく説明するためにどうすればよいかを考えさせている場面を挙げるが、これは実際の事例である。図3-17上図において閉じた質問の時は、指導者の問いかけ(提言)に対して「あー!そうですね」と答えているが、これは「Yes」と答えるしかなく、学習者は受け身に答えているだけである。指導者は、学習者が理解したと思い満足している。

 一方、図3-17下図は、開いた質問の例である。指導者は「Yes」という一言では答えることができない問いかけを何度も繰り返す。それによって、学習者は常に能動的となり、考えが深まっていき、最終的な結果として、指導者が思いつかなかったような創造的な回答が出てくる。ここで大切なのは、「もっと良い言い方はないでしょうか」という問いかけの後、「待つ」ことである。学習者の創造的な回答に対して、「よく考えつきましたね」とか「なるほど」、「素晴らしい説明ですね」と感動して共感を示し、学習者の思考が活発だったことを承認して、自信を与えることができる。