3-2 授業のデザイン

3-2-1 授業づくりの順序

図14 一般的な授業づくりのプロセス

図3-6 一般的な授業づくりのプロセス
図15 KOSEN型実技教育のための授業づくりのプロセス 図3-7 KOSEN型実技教育のための授業づくりのプロセス

 ほとんどの授業では、「教えるべき内容」が決まっており、図14のようにそこから授業づくりはスタートする。次にその「内容」を効率良く教えるために適した学習活動や教材を選び、一通り教え終わると応用的な問題によって定着を図り、最後に教えた内容が適切に再現できるかどうかを確認して、定着度を測定する。その測定結果が評価になる。

 一方、PBLのような学び方を提供する授業では、図15のように授業を組み立てることを提案する。まず、学生の興味関心や発達度、他の科目との関連、利用できる環境などを調査し分析する。そして、この授業によってどのような能力を育成したいのかを明確にするところから授業づくりを始める。能力には「知識」と共に「態度」や「スキル」も含まれ、学生自身が自分の達成目標を作ることができるようにすることが望ましい。次に目標を達成するための教育プログラムを設計し、具体的な学習活動を組み合わせて授業を構成する。どのような能力の育成がどの程度達成されたかを測定する評価活動も組み込む。評価活動の結果は、評定として利用するよりも、むしろ学習者にフィードバックし、それだけでなく、教育プログラムや学習活動を見直し変更を加えるためにも利用する。

3-2-2 教職員チームによる授業づくり

図3-8 教師が持つべき専門的知識(大島純,学習科学,2004)

図3-8 教師が持つべき専門的知識(大島純,学習科学,2004) 図3-9 工学を専門とする一般的な指導者の知識のバランス 図3-9 工学を専門とする一般的な指導者の知識のバランス

 図3は、教師が持つべき専門的知識(大島純、学習科学2004)を表す。この3つの知識、①教授学的な知識、②専門に関する知識、③学びについての認識論的知識は、授業づくりに必要な知識であるともいえる。著者が訪ねたフィンランドのヘルシンキポリテクやデンマークのオルボー大学では、教員として採用される際に①や③の知識を習得するシステムがあった。また、欧州やシンガポール、マレーシアの技術系高等教育機関には、アカデミックスタッフ(学術的専門の教授を担当するいわゆる教授陣)とエデュケーションスタッフ(カリキュラムづくりや教育戦略を練る教育学専門の研究スタッフ)が両輪となって教育活動をするような仕組みが確立している。日本の技術系の高等教育機関にも、そのような教員養成システムや研究組織がつくられることが理想ではあるが、現環境の中で授業の質を高めるためには何らかの方法で、①と③の知識を強化してバランスの良い三角形にする必要がある。一人の教員が①と③を習得し教育研究をも担当する方法もあるが、現実的には①と③を担ってくれるスタッフとのティーム・ティーチングで授業づくりを行うことを提案したい。一人ですべてを担当するよりも、①や③に長けた教員や技術職員、コーディネーター、地域の人材、企業の技術者など、多様な専門性や視点を有するスタッフとチームで授業づくりを行った方が、授業の質は高まると考える。

 このような考えのもと、著者はこれまで授業の担当教員を中心としたチームを結成して授業づくりを行ってきた。授業づくりのチームは、教員、技術職員、教育技術センター員、産学連携コーディネーターなどで構成した。教員1名と技術職員1名のチームもあれば、教員2名と技術職員5名からなるチームや、産学連携コーディネーターや企業の技術者がチームに加わった事例もある。いずれの場合も、①や③について研究し学び合う機会を設ける。学生を多様な視点で観察し、少なくとも2週に一度は丁寧に打ち合わせをしてきた。それによって、学生がどのようにどれくらい学んでいるか、足場かけのタイミングや方法は適切だったか、学ぶ環境は大丈夫かなど、学生の学びと授業の進行について検証を繰り返しながら改善や軌道修正を行うようにすることが肝要であった。

 当たり前のことなので、つい忘れがちになるが、人を育てるということは手間や心のかかることなのである。

図19 毎回の打ち合わせはWBを囲んで喧々諤々

図19 毎回の打ち合わせはWBを囲んで喧々諤々 図3-11 毎回の打ち合わせはWBを囲んで喧々諤々

図18 授業づくりチームの打ち合わせ内容

図3-10 授業づくりチームの打ち合わせ内容


3-2-3 学習活動の組み立て

  例として、モデル授業として組み立てた、工学倫理(専攻科2年生対象、後期、90分15回、1単位の授業)の授業づくりについて報告する。座学のみだった授業を、学生が能動的に参加し思考するKOSEN型実技授業に変えることを目的とした。

(1)状況を分析する

 まず、最初に、授業を取り巻く状況について、表3−1に示したように分析した。

 担当教員と、著者、1年生の技術者倫理入門の担当教員、専攻科1年生で実施しているPBL型ものづくり授業の担当教員、実技教育を支援する技術職員らで3回程度行った。

 状況を分析するときには、ただ話し合いをするのではなく、ホワイトボードなどを使って可視化してまとめながら進めると、全体像が把握でき論点が整理されやすい。また、参加者の意見も確認しやすく、合意がとれやすい。最初の分析は、授業の方向性が定まる重要なスタートラインなので丁寧に行うことが望まれる。

 

表3-1 分析した事項

項目

話し合いの結果のスタッフ同士の共有事項

学生の様子やレベル

昨年までの授業での学生の様子について

試験では合格ラインの点数を取るが、授業中は不活性であり、学生が何をどこまで理解しどう考えているのかがわからない、担当教員としては、社会に出た時に試験で答えられた知識が役に立つのか心配である。

これまでに対象学生が受けてきた実技型授業の内容について

対象学生の中で4分の1の学生は本科1年生からいくつかの授業でワークショップ型の授業を受けている。半分くらいはワークショップの経験がある、専攻科1年生では全員PBLによるものづくり授業を1年間体験した。活発な学生は何人もいる。

学生の関心や興味について

授業で扱う過去の事故事例は学生達が生まれる前のものなどもあり、他人事でしか捉えられず当事者意識をもちにくい。

内容

教える内容について

技術士1次試験免除のJABEE認定により、技術士補の資格を得ることができる必修授業であり、毎年、試験では合格ラインの成績を取るので、レベルや内容は変えなくても良いのではないか。

理想

担当教員が望む授業の姿について

授業には活き活きと能動的に参加してほしい。
グループによる共同学習や討論会などをとりいれたい。

他との関連

工学倫理の関連授業の様子について

本科1年生の技術者倫理入門では、学生は調査能力も発揮、グループ内でかなり活発に議論し、発表会も行っている。MOT(座学)や、知的財産教育(演習あり)も行われている。

就職先企業に関する知識と工学倫理の関係について

企業についての知識も少なく、工学倫理が将来の仕事とどのように結びつくのか想像ができない。

 

(2)目標を設定する

 状況分析が進み問題が明らかになってくると、目標設定のレベルが高く広範囲になりがちなので、優先順位を考えて絞り込むことが必要である。

①スキルに関する項目・講義やテキストで得た知識を、事故事例分析において使い、それをもとに自分なりの考えをもち表現できること。

・ 個の倫理観を、将来の仕事へと反映させるための、実践的な「コミュニケーション力」「交渉力」「プレゼン力」「調査力」「論理的思考」「批判的思考」をもつための訓練を行うこと。

・ JABEEの認定条件「チームワーク力」の重要性を知り、チームの中で自分の能力を発揮すること。

②シラバスに沿った知識・理解に関する項目

・ 地球的視点から多面的に物事を考える能力とその素養、および、技術が社会や自然に及ぼす影響や効果、および技術者が社会に対して負っている責任に対する理解(JABEE技術者倫理の教育目標)。

・ 産業技術の歴史的発展の経過や災害事例(失敗事例)とそれらに対応してきた先人の知恵を学ぶことにより、工学倫理の自主的な思考と実践力を培い、技術士補としての自覚を促す。

③知識を活かす態度や姿勢に関する項目

・ また、「お客さまに喜ばれる」いいものを創りだし、社会に貢献することがプロのエンジニアとして「守るべき道」と考え、日々、我々が遭遇する複雑な問題の論点を整理して基礎的知識と考え方を会得する。

 この授業は、技術士1次試験免除のJABEE認定により、技術士補の資格を得ることができる必修授業である。そのため、工学倫理の基本的な知識や考え方の習得は不可欠で、それらを使って新しい事故事例を分析する力をつけることが求められる。そこで、技術士補の試験に合格するレベルの知識が確実についたか確認できるように図3-12のようなマトリックスを作成した。どの事故事例分析やテーマの時に、どの内容について講義するのが効果的かを計画する。それによって、重複や無駄、抜け落ちなどがチェックでき、学生の学びの状況に応じて講義内容を調整することもできる。

 また、学生が自分で表に学んだ事柄を書き込んでいくことで、自分はどこが理解不足かを知り、それを補うための自己学習等の方策を自身で作るように促し、学習のペースを自分でコントロールすることもできる。

図20 学ぶべき知識を網羅し、確認するためのマトリックス

図3-12 学ぶべき知識を網羅し、確認するためのマトリックス

(3)教育プログラムを組み立てる

 90分の授業は、前半は、毎回、最初の70分が演習(過去問題の解答と説明)と講義、20分でグループワークをすることにした。

 グループワークは、自分たちが関心をもっている身近な事故事例を選び、講義で学んだ工学倫理の視点や分析方法を用いて、検証する。最終的に、プレゼンテーションを行い、質疑応答を交えて全員で議論をする。毎週20分のグループワークは授業が進むにつれて、調査 ⇒ テーマの選択 ⇒ グルーピング ⇒ 分析と調査(何度か繰り返す) ⇒ プレゼン、質疑応答と議論 と進めることとした。最終発表会には、企業技術者を招き、議論することとした。

 15回の授業の組み立ては図3-14に示す。

(4)学習活動や内容を吟味する

 状況主義の学習理論、内発的動機づけ、メタ認知力の育成、深い思考へ導く問いかけ、足場かけなどの理論を、様々な工夫によって実際に応用し、学生の学びの質を上げることができる、授業づくりの中でも重要な部分が、この学習活動である。

 一方で、これらの活動(学びの方法)は、理論をふまえた教育戦略として使わなければ、活動自体が目的化してしまい、高専レベルの専門の授業にとってはただのお遊びになってしまう。体験させるだけで学習したことにしてしまう「体験だけ学習」や、経験を重視するあまり伝統的学問の教授が軽視された活動や、断片的な学習に始終して知識を積み重ねることがおろそかになっている活動、また活動という手段が目的化された学びなどを「這い回る経験主義」などと呼んで揶揄されることも多い。

 その時の学びの状況において、活動の意図は正しく働いているか、我々の言動は適切かを教職員チーム内で互いにチェックし合うことや、活動の一つひとつを丁寧に正しく意味づけし、次ページ(6)の調整において不必要な活動はしないように決定することも重要である。

①主体的に学ぶことを支援するために使用した教材、機材、学習ツール

・ 講義用スライド資料を映すためのPCとプロジェクター

・ 配付資料 ⇒ 講義用スライド資料に加え、講義で触れない部分も自主的に学べるように内容を充実して毎回配付

・ テキスト⇒ 過去の事故の検証事例

・ 過去問題の演習用プリント

・ 調査・情報収集のためのグループに1台のPCまたはiPadとネット環境

②主体的に学ぶことを支援するために利用した活動や学習方法・・・詳しくは5 章

・ Project-Based Learning の手法⇒ 学生自身の現在の文脈の中で構造化されていない課題に取り組む=状況的学習理論

・ グルーピング⇒ 自分でテーマを選択し自由意思でグルーピング=自己選択性による動機づけ

・ 導入のワーク⇒ 自分の将来との関わりにおける工学倫理の重要性を確認=随伴性認知による動機づけ

・ 付箋紙を使ったブレーンストーミング、マッピング⇒ 思考の可視化、合意形成にむけた意見の構造化

・ 調査活動 ⇒ 情報の収集、選択、分析、発信

・ ワークの途中の問いかけ⇒ 認知領域のタキソノミーを利用した認知活動の促し

・ プレゼンテーション⇒ 情報発信とコミュニケーション

・ 企業技術者との意見交換⇒ 動機づけ、足場かけなど

・ クリティカル・フレンズ⇒ 質問の方法、Open Questionと、Closed Question

・ 各種ワークシートによる自己評価⇒ メタ認知力の育成、自己評価力

・ 相互評価力の育成

・ まとめのレポート⇒ 文章化

(5)フィードバック、アセスメント

図3-13 中間発表会で議論し、課題を共有する

図3-13 中間発表会で議論し、課題を共有する

 フィードバックとアセスメントのため、目的別にワークシートや試験問題、レポートなどの提出を課した。

①中間発表会・・・内容やまとめ方、表現方法について議論し教員からコメントを与える。(図3-13)

②発表に関する相互評価シート・・・学生同士が相互評価しコメントし合うことを支援するために作成したワークシートへの記入。

③グループワークに関する自己評価シート・・・学生個々がチームワークを振り返り、3種類の自己評価をするためのワークシート。

④技術士試験に準ずる筆記試験。

⑤授業の感想・・・自由記述形式で授業の感想を書くワークシート。

⑥レポート・・・事故分析のための論点に沿って自分の考え方をまとめたレポート。

(6)調整

図23 平成25年度の授業

図3-14 平成25年度の授業

図24 平成26年度の授業 改善案 図3-15 平成26年度の授業 改善案

①フィードバックとアセスメントを目的にしたワークシートなど、(5)の①②③④⑥により、目標とした能力を測った。結果を、授業づくりのチームで共有し分析して、最終的に担当教員が点数化し成績とした。

②(5)の⑤による感想を取りまとめ、教職員による授業づくりチームの感想を合わせて来年度の授業づくりに反映させることにした。

○学生の授業評価で多かった意見は次の通りだった。

・ グループワークが良かった。

・ チームの人数は3~4人が良い。

・ 講義は集中した方がいい。

・ もっと議論の時間を。

・ 企業技術者のコメントが良かった。

・ 就職前に受けられてよかった。

・ 企業活動と工学倫理の重要性がわかった。

○教職員チームの振り返りでは次の意見が出た。

・ チームの人数が6人は多すぎる。

・ 毎回のグループワークが短く議論が深まらないうちに終わっていた。

・ 講義の内容をそぎ落とすことが必要

・ 企業技術者の参加により発表会が引き締まり、コメントが良かった。

・ 授業の目標と方法については学生達に理解されて納得を得ている。

・ 過去問は授業中の演習以外に、自己学習できるようにするとよい。

・ 分析が深まるように、事例分析の途中で担当教員と学生たちとがチームごとに議論できる機会を設ける。

・ 時事問題は情報収集が難しいようだったので、分析が充実するように教職員側が持っている情報を、必要に応じて提示する。

○発表会に参加していただき、学生の発表にコメントをお願いした企業技術者の感想

・ このような授業の趣旨、方法は、企業で働くときに確実に役立つと考えられる。

・ 学生のフレッシュな意見や真摯な態度に、大変共感し、感銘を受けた。

・ 自分が新入社員だった頃に先輩からいただいた言葉を思い出したので、卒業後へのエールとして学生に贈る。

・ ぜひ、技術士の資格を取得し、社会に貢献してほしい。

 この授業は、技術士1次試験免除のJABEE認定により技術士補の資格を得ることができる必修授業であることから、知識の習得度を試験して合格ラインに達することが課せられている。それに加えて、チームワーク力を育成しなければならない。学生、教職員チーム、企業技術者それぞれからの授業評価をもとに、翌年のプログラムを図3-15のように変更することとした。

 学生が受動的で不活性になる講義は、内容をそぎ落とし必要最低限とすることにした。テキストを利用して過去問題を解く演習を自己学習としてできるようにプリントを用意する。そのような工夫により、事例分析のグループワークにまとまった時間を確保できるようにして、議論の時間を十分に取ることにした。中間発表会の方法も、担当教員からの問いかけを増やすこと、ワークシートなどを利用すること、ギャラリーウォークなどの発表方法を使うなどして工夫を凝らし、最終的な発表に向けて分析が深まるようにすることにした。