3-5 主体的な学習に不可欠な基礎スキルの訓練

図3-19 不可欠な基礎スキルとその訓練法

図3-19 不可欠な基礎スキルとその訓練法

主体的な学習が充実したものとなるには、少なくとも、「調査のスキル(情報収集、選択、活用、発信)」、「議論や合意形成のスキル」、「自己評価のスキル」が必須であることがわかってきた。座学やテキスト型実験の経験しかない学生が高学年になって急にPBLのような学びの中に放り込まれると、これらの基礎スキルが不足しているために、学習が深まらず学ぶべき専門性が高まらない事例がみられる。

 伝統的な学習方法で優秀な成績を収めてきた経験をもつ学生の中には、高学年で初めてPBLを体験してうまく学習が進まなくなると、PBLのような学び方に対して不満をもちモティベーションが上がらず、悪循環に陥る者もいる。今までずっと、教師によって選ばれた質の良い情報を与えられ、グループによる議論や合意形成よりもむしろ個人学習の機会が多く、点数という一元的な他者評価以外の客観的かつ多様な視点の評価をされたこともしたこともないので、拒否反応が出るのは無理がないと思われる。社会人になると主体的な学習ができるかどうかが、仕事が楽しくできるかどうかに直結するので、このような学生は、遅かれ早かれ、社会に出て同じような場面でつまずくことになると思われる。そして、企業は、最近の若い社員は使えないと嘆くことになる。

図3-20 地域に役立つものづくりの概要

図3-20 地域に役立つものづくりの概要

 伝統的な授業では、範囲と量を適切にコントロールされた情報を与えられ、より多く覚えて、試験でより正確に再現する訓練をする。しかし、これからのKOSEN型実技教育では、まず、調査と議論と評価のスキルを訓練しなければならない。この訓練は早ければ早いほど良い。例えば、イノベーションの国デンマークでは、小学校から高校まで、どの教科においても徹底的にこのスキルを訓練している。激烈な受験競争がないデンマークでは、成功の照準が社会に出てからの活躍に合わされているため、このような訓練の必要性が、学生に共感をもって受け入れられているのだ。だからこそ、高等教育機関では、専門性の高いPBLや企業との協働教育が可能になっているのである。

 これまでの高専教育では、受験スキルは必要なく、主体的学習スキルにもあまり価値が置かれておらず、訓練されていない。高専の使命が産業界に創造的な人材を送り出すことであることから、デンマークの教育の目的のように社会で力を発揮できることをめざし、主体的な学習に不可欠な基礎スキルを低学年から徹底して訓練することが重要であると考える。

図3-21 多様な評価方法による多元的評価

図3-21 多様な評価方法による多元的評価

 基礎スキルの重要性に関する研究で、富山高専専攻科で実施したPBLの成績に興味深い結果が得られた。

 富山高専では、平成17年より専攻科1年生の特別演習・実験でPBLによる「社会に役立つものづくり」(図3-20)を実施している。専攻科には、本科の工学4学科(機械工学科、電気工学科、物質工学科、環境材料工学科)から進学した学生が在籍している。特別演習・実験は、4学科から進学した学生を混合してチームを結成し、全学生が1年間PBLで学ぶ必修科目である。

 著者が環境材料工学科の支援をしていたことより、結果として本科でPBL基礎力を戦略的に育成していたのは環境材料工学科のみとなっていた。環境材料工学科では、担当教員の支援要請を受けた著者が教育学的知見に基づいて、担当教員と共に実技教育を組み立て、各学年に状況主義的な学習活動を多く取り入れたため、PBL基礎力の訓練も必然的に行われる結果となったのである。

図3-22 継続的なPBLと単発的なPBLの成績比較

図3-22 継続的なPBLと単発的なPBLの成績比較

 成績は、図3-21に示した通り、自己評価と指導者評価が3割、学生間相互評価と第3者評価を7割として算出した。評価の形式は、ジャーナル式、ポートフォリオ式、ヒアリング、振り返りシートなどである。

 平成17年から22年までの6年間の全専攻科学生313名に対し、専攻科で初めてPBLを受けた学生群と、1、3、5年生でPBL基礎力の訓練をした学生群とに分けて平均点を比較した結果を図3-22に示した。その結果、どの年度もPBL基礎力の訓練をした学生群の方が、専攻科で初めてPBLを受けた学生群よりも好成績を残していることが明らかとなった。そこで、平均点以上を取った学生数をカイ2乗検定を用いて検定した結果、両者の成績の平均点には、有意差が認められた。(p<0.05) 15歳からの早期技術者教育ができること、大学入試のための激烈な受験勉強を体験しなくても良いこと、カリキュラム上実体験型の教育機会が多いことは、状況主義的な学びが求められている高専教育にとって、優位な特長である。