4-2-1 専門科目で、主体的に学ぶことを学ぶ授業
◆授業の概要
科目名 高分子化学Ⅱ(選択科目)
受講学生 物質工学科 5年生 約10名〜20名受講
担当者 教員1名、技術職員1名
(研究協力者:畔田博文、戸出久栄)
時間数 90分/週×15回
◆この授業のキーワード
予習型/自学自習/発表/質疑応答/議論/チームによる共同学習/教員による補足
◆教授・ 学習のスタイル
本授業は、学問体系に沿って専門的知識を習得することを目指しながら、授業の進度や内容の深まりは学生の学びのペースに合わせる授業である(図4−5)。
まず、学問体系に沿った学ぶべきテーマを教員が提示する。学生はチームを組み、提示されたテーマの中から自分たちが主として取り組みたいテーマをいくつか選ぶ。そのテーマに関して調べたことをレジュメとしてまとめ教員に提出する。教員は、学生チームが提出したレジュメの中から1つのテーマに対して2チームのレジュメを選び、他の学生の前でプレゼンテーションする機会を与える。ひとつのテーマに対して2チームそれぞれが15分プレゼンを行い、他の学生は聴講する。その後、聴講した学生の理解できなかった点について質疑応答を30分行う。答えられなかった質問は再調査して翌週もう一度プレゼンの機会が与えられる。
このように、テーマの提示⇒調査⇒プレゼン⇒質疑応答と議論⇒再調査⇒質疑応答と議論・・・の順に授業が進む。クラス全員で行う「ゼミナール形式」の授業スタイルである。
◆授業づくりの概要
(1)この授業づくりは、まず、担当教員が学生にどんな力をつけてほしいと思っているか明らかにすることからスタートした。それは一般的には授業の「ねらい」や「達成目標」という言葉で表されるが、授業をする前とした後で、学生がどんなふうに成長してほしいと思っているのか、何ができるようになってほしいか、どんな成果物を生み出せるようになってほしいか、記述にどんな文言が表れるようになってほしいかなど、具体的にイメージし決めておくことが大切である。
(2)チームによるProject型で進めるため、シラバスにはコミュニケーション力やチームワーク力なども挙がっているが、それよりも主体的な学びに必要なスキル(主に情報の収集力・ 活用力・ 発信力)を身につけることに重点を置いた。
(3)知識の習得については、学生が学びに対して主体的になるに従い教員が期待する以上の知識をどんどん吸収するようになり、さらに新しい知識を求めるようになることをねらった。そこで、最低限理解してほしいコア概念と、生涯にわたり覚えておいてほしいインデックスとしての専門用語を抽出し、そのコア概念の周りに、学生個々が興味関心に応じて扱う知識の範囲を広げられるようにした。具体的には、担当教員は高分子化合物の物性が概念的に理解できることに重点を置いた。高専教育の最終年ということもあり、4年生までに習った知識を応用して、高分子の様々な物理的・ 化学的挙動が説明できるようになることを目標とした。
(4)つけてほしい力と習得してほしい知識に関してねらいを定めたら、次は、どのような教育手法が向いているか、学生の学びを促進するためにどのような方法で働きかけるのが適しているのかを考えた。テーマに基づいて、学生が調べ、パワーポイントでプレゼンし、皆で討議するゼミナール形式で授業を進めること、また、参加度を上げるために、クリッカーを使って即時に理解度の確認と相互評価を行うこととした。さらに、通常の講義型を採用しない理由を学生に理解してもらい納得して授業に臨んでもらうために、最初の導入と、最後の振り返りのワークを丁寧に行うことにした。
◆担当教員のねらい
担当教員のねらいを表4-2にまとめた。このクラスは5年生になるまでにこのような形態の授業の経験がなく学び方に慣れていないため、シラバスに明記することに併せて、授業の前後のワークで丁寧に説明をした。
「ねらい」は欲張らない方がよい。チームによるProject型で進めるため、チーム内でのコミュニケーション力やチームワークなども「ねらい」に加えたくなるが、この授業では、表4−2のように絞って授業を進めた。
表4-2 担当教員のねらい
習得してほしい知識
|
習得してほしいスキルや姿勢
|
1) 高分子化合物の物性を概念的に理解すること。 |
1) 受け身ではなく、能動的に授業に参加する。 |
2) 4年生までに習った知識を使い、高分子の物性に関する物理的・ 化学的挙動が説明できること。 |
2) 主体的に学ぶ重要性と楽しさを知り、卒業後にも学び続けるためのコツをつかむ。 |
3) 講義の場合と同程度の専門的知識を習得すること。 |
3) 主体的な学びに必要なスキル(主に情報の収集力・ 活用力・ 発信力)を身につける。 |
表4-3 5年 高分子化学Ⅱの授業の進め方(学習活動は5章を参照)
週
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授業の内容
|
指導者の仕事と
主な役割 (スタッフ間で分担) |
主体的に学ぶことを
支援するために使用した 機材や学習ツール |
準備 |
PC にTurning point(クリッカーのソフト)をインストールする。 |
学生の状況分析 打ち合わせ |
・ PC(Turning point) |
事前にTurning pointでの出欠者調査用の名簿を作成する。 |
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各週のプレゼン後に行うTurning pointによる理解度確認用・ 相互評価用スライドの作成 |
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1 |
導入のグループワーク |
ファシリテーター
打ち合わせ |
・ 模造紙 |
チーム決め |
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発表テーマ決め |
|||
2 |
学生のワークの結果から、「自らが学んだと実感した時」に関するキーワードを抽出し、担当教員が「受身の授業より主体的に学んだ時の方が、より“学び”が大きかったという経験を思い出してほしい」というメッセージを伝え、この授業の意図を説明した。 |
スーパーバイザー 打ち合わせ |
・ 先週のワークの成果物 |
3 |
図書館で調査 ⇒ 以降は特に時間を設けず自主学習 |
コーチ |
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4~11 |
基礎的内容に関するテーマ(コア概念)の調査とプレゼン |
スーパーバイザー |
・ PC(Turning point) |
12 |
知識の習得を確認する記述式試験 |
打ち合わせ |
試験問題 |
13・ 14 |
応用的内容に関するテーマ(コア概念の応用)の調査とプレゼン |
スーパーバイザー |
・ PC(Turning point) |
15 |
試験の解答を解説 |
インストラクター
打ち合わせ |
・ 模造紙 |
グループワーク |
|||
授業のまとめと振り返り用紙記入 |
◆評価や振り返りの方法
主体的な学びを支援するために評価方法は重要である。特に、動機づけとフィードバックは評価の方法と内容から受ける影響が大きい。評価方法は、教員が考えたとしても、学生たちが納得し受け入れられるものでなくてはならないし、理想的には学生と一緒に作ることが、メタ認知力を育成するうえでも効果的である。本授業では、詳細な評価基準表を学生に配り周知した。以下に本授業で試行した評価とその具体的な方法を記す。
(1)学びのペースメイクをするための評価方法
…スケジュール表と進度のチェック
(2)内容を理解しているか評価する方法
…クリッカーによる理解度確認、発表用レジュメ、記述式試験
(3)ねらいが達成されたかどうか評価する方法
…評価基準表の中の項目、ワークショップの成果物、
振り返り用紙
(4)この授業の内容、方法などが適切かどうか評価する方法
…プレゼンテーション、グループワークの成果
(5)授業の改善に活かすための評価方法
…学生参加型FD(学生を交えた授業の在り方についての座談会)
(参加者:担当教員・ 技術職員、過年度学生、教育コーディ ネーター、他教員と技術職員など)
◆授業を進めるにあたってのコツ、 アクティブ・ ラーニングのための留意点
(1)方法やルール、評価基準は、学生全員が理解した上で授業を進められるようしっかり伝え、納得、共感を得る。
(2)教員と技術職員とでファシリテーター、モデレーター、コーチ、スーパーバイザー、インストラクターを効果的に担う。
(3)一人ひとりの認知活動に対して適切なフォローを行う。
◆指導者の役割
(1)ファシリテーター
問いかけやムード作りなどで学生の認知を促す。
(2)モデレーター
認知活動のモデルとなって示す。
(3)コーチ
学生が到達したいところへ伴走して連れていく。
(4)スーパーバイザー
学びの状況を監督し、学生を励まし助言を与える。
(5)インストラクター
学生がたどり着けない知識、方法、考え方を教える。
◆学生からのフィードバック
(1)満足度:68.3% (平成25年度:12人中)
(2)これからやってみようと思うこと
人に伝えることを意識して発表する/人に伝える前に自分が理解すること/情報の得方に気を付ける/疑問を持つこと、議論すること /予習(準備)/わかったつもりではなく、わかったにかえる /理解したことをまとめること
(3)感想
質問の答えを探したり、あるいは仲間と考えたりすることで、教員の板書から学ぶよりも深く理解出来たと思う。 /発表に関して上達したと感じる/普通の授業では気付かない自分の良い点、悪い点に気付けた/チームワークの大切さ/自らの理解が間違っていたこともあった(確実な知識定着にはつながらなかった)
◆まとめと課題
このスタイルの授業により、「わかった‘つもり’から、わかったへ」という感想があったように、自ら主体的に学んだ部分の知識は深まったと思われる。その反面、間違った解釈が定着してしまう恐れもある。実際に従来型の記述式ペーパーテストでは点数がわずかに低くなる傾向があった。この対策として、質疑応答の議論の際に明らかに間違っている解釈には介入して説明を加えたが、質疑応答時に挙がってこなかった内容の中に個々が間違って理解していることがある可能性は否定できない。また、万遍なく記憶し再現する従来のテスト方式では学生の学びの状況を的確に把握することはできないかもしれない。理解の量ではなく質を評価する手法の開発と、そこで理解不足が明らかとなった内容については、なんらかの方法とタイミングで、最低限の知識習得の機会を組み込む必要があるかもしれない。
本モデル授業では、知識の定着のみならず、種々のヒューマンスキルを育み、自らの学び方への気付きもあったという結果が得られた。今後は、このような授業をどのように配置するか、カリキュラム全体として考える必要があると思われる。
4-2-2 技術士補のレベルを維持しながら、JABEE認定条件のチームワーク力を育成する授業
3章-2-3 学習活動の組み立ての事例として挙げた授業である。
◆授業の概要
科目名 工学倫理(必修科目)
受講学生 専攻科 2年生 24名受講
担当者 教員1名、技術職員1名(研究協力者:荒木一雄)
時間数 90分/週×15回
◆この授業のキーワード
ケーススタディ型/技術士/チームワーク/分析力/判断力/知財教育/製造物責任/内部告発/リスク管理/ESD等
◆教授・ 学習のスタイル
本授業は、単位修得により技術士1次試験が免除になる必修科目である。テキストに沿った講義により工学倫理の知識や考え方を身につけ、それを応用して、グループワークにより身近な事故事例の検証を行った。
平成25年度は、毎回、最初の70分が講義と演習、20分でグループワークをした。平成26年度からは、3章25ページ(図3-15)で述べたように構成を変えることにしている。グループワークでは、自分たちが関心をもった身近な事故事例を選び、講義で学んだ工学倫理の視点や分析方法を用いて、検証した。最後に事例分析の結果をプレゼンテーションし、企業から技術者を招いて全員で議論をした。「ケーススタディ形式」の授業スタイルである。
◆担当教員のねらい
表4-4
学習目標
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科目の達成目標
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評価方法と基準
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(1)地球的視点から多面的に物事を考える能力とその素養、および、技術が社会や自然に及ぼす影響や効果、および技術者が社会に対して負っている責任を理解する
(2)産業技術の歴史的発展の経過や災害事例(失敗事例)とそれらに対応してきた先人の知恵を学ぶことにより、工学倫理の自主的な思考と実践力を培い、技術士補としての自覚を促す。
(3)また、「お客さまに喜ばれる」いいものを創りだし、社会に貢献することがプロのエンジニアとして「守るべき道」と考え、日々、我々が遭遇する複雑な問題の論点を整理して基礎的知識と考え方を会得する。 |
・ 工学倫理の論点と基礎知識の理解。 ・ 技術士倫理規定と組織の中の技術者の位置づけ ・ 事故事例の検証と公益確保の考え方 ・ リスクとヒューマンエラー ・ 費用と便益の考え方など |
・ 期末試験で評価 ・ 技術士1次試験の適性科目合格レベル(60%) ・ 出席と取り組みの姿勢の評価(20%) ・ レポート提出(20%) |
・ 規格と法規、 |
・ 上記および下記の試験問題に含む |
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・ 知的財産権の重要性と特許戦略の理解 |
・ 理解度をレポートで評価する(30%)、出席点含む |
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・ 工学倫理テスト |
・ 期末試験で評価(30%) |
◆授業づくりの概要
本授業は前年まで、教科書と技術士補の過去問題及び教員が作成したスライド資料を使い、講義形式で行っていた。試験では合格ラインの点数が出ていたが、学生の活性度や参加度を上げ能動的な態度で授業を受けてほしいとの思いから、JABEE認定条件に「チームワーク力」が加わったことを機に、担当教員は授業にグループワークを取り入れてアクティブ・ ラーニングに変えたいと考えた。ワークでは、事故事例を検証しつつ、一技術者の立場で何ができるのかを考えさせることにした。実社会では、問題を発見すると上司に報告、提言しなければならない。個人が有する倫理観を組織へと反映させ、重大事故や内部告発などを未然に防ぐためには、通常の「コミュニケーション力」とは異なり、説得力のある交渉をして上司を動かすくらいの「働きかけ力」が必要になる。その力を育成することは簡単にはできないが、そのような工学倫理に必要な力をつけることの重要性を理解することが重要である。(5-2-1-C、5-2-2、5-2-3、5-3、5-4、5-5参照)
◆授業の進め方
表4-5 工学倫理 平成25年度の授業の進め方
週
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授業の内容
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使用した
機材・ 学習ツール |
指導者の仕事と主な役割
(ファシリテーションのPoint) |
準備 |
打ち合わせ(学生の状況分析、授業のシナリオ作成) |
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1 |
30分 講義:イントロダクション-本授業の意義と達成目標、評価方法 2分 グルーピング(席が近い4人1チームで5チーム結成) |
・ 過去問 ・ PC ・ 講義レジュメ ・ プロジェクター ・ スクリーン ・ 先週のワークの成果物 ・ 模造紙 ・ マジック ・ サインペン ・ 付箋
|
・ 学生は最終学年であり、このようなワークは手法として慣れているので、質の高さを求めることができる。 ・ 20分という時間的制約があるので、テンポ良く促していくことが大事。 ・ テンポよく促すときには、ファシリテーターは、無駄な言葉を使わない、冗長な説明をしない短い言葉で的確な指示を出す、などが大切。 ・ また、静かに考える時と、チームで議論する時のメリハリをつける。 ・ 内容に対する問いかけの時間はないので、まとめ方の形やデザインについて足りない点に気付かせる問いかけをする。 |
2 |
25分 演習:技術士一次試験過去問の例題 |
・ 過去問 ・ PC ・ 講義レジュメ ・ プロジェクター ・ スクリーン ・ 先週のワークの成果物 ・ 模造紙 ・ マジック ・ サインペン ・ 付箋 |
・ 1と2はテンポよく、前面のホワイトボードに大判紙を貼って、全体でマッピングをする。 ・ 教員からは学生の関心事にコメントを加え、さらに、分析・ 検証すると面白そうな時事問題があれば提示してテーマに加えるかどうかを、教員、学生、皆で議論する。 ・ 数テーマが出そろったら、自分が取り組みたいテーマを選び、1チームが4~5名になるようにグルーピングを行う。専攻科2年生はある程度まかせても大丈夫。 ・ 最初に青(学生の関心事)、次にピンクの学生名で班分け |
3 |
10分 演習:技術士一次試験過去問の例題 |
・ 過去問 ・ PC ・ 講義レジュメ ・ プロジェクター ・ スクリーン ・ 先週のワークの成果物 ・ 模造紙 ・ マジック ・ サインペン ・ 付箋 |
・ ワークは大きな机がある隣の部屋で行う ・ ワークの最初に今日のゴールを明確に示すと、学生は自分たちで進められるはずである。 ・ 様子を見て、うまく作業が進まないチームに対しては、ファシリテーターは、作業のペース、5分、10分、5分をコントロールする。⇒様子を見て適宜行う ・ ファシリテーターは長い説明はしない、短く指示するだけ(説明は学生が考える時間を奪い、長く話すほど学生は受け身になってしまう)。 ・ 分担したことを記録させて提出させる |
・ 準備物は同上 ・ 学生のワークに対して、様々な問いかけをして回る。 ・ 気付きを促すように留意するが、ワークの進度を考慮して、抜けている視点を指摘し、情報収集に手間取っている場合は調べ方を提示する。 ・ モチベーションが下がらないように、努力を認めたり励ますことも必要。 |
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4|8 |
演習:技術士一次試験過去問の例題 |
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9|10 |
中間発表会 |
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11|12 |
演習:技術士一次試験過去問の例題 |
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13 |
最終発表会 企業技術者を招き、コメントをいただく |
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14 |
試験、レポート提出 |
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15 |
授業の振り返りとまとめ ・ 振り返り用紙 (チームへの貢献度、発表相互評価、自己採点) ・ 自由記述式の感想 |
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◆課題とまとめ
3章-2-3 学習活動の組み立て に課題と今後の方策をまとめた。