あとがき

 実は、私は少々あせっている。こうしている間にも若者が自ら命を絶っている。日本の若者の死因は自殺がトップ、世界の中でも珍しい国のひとつだ。職業別では技術系が多いという。日本型受験は青年期の多くをかけなければ突破できないほど過酷である。皆、そこで「学び方」を覚える。成功体験を積み重ねるごとに、その「学び方」は心身に染み込んでいく。受験体験が少ない高専の学生たちでさえ、PBLのような学び方には不満を訴える者が少なくない。自らの羅針盤をたよりに自分という船の大きさに合ったやり方で大海に漕ぎ出ていくような学び方は彼らにとっては、試験勉強のような学び方よりもつらいし、意義を感じる機会が少ないのだ。しかし、やがては、誰もが社会の中でPBLのような学び方で自分自身を高めていかなければならない時がやってくる。この学び方を体験する時期に早すぎることはないと思っている。

 約20年前、卒業生である企業技術者の一人から、「僕は成績がクラスで一番だったけど、実社会ではその知識ややり方だけでは通用せず大変だ。広い視野も必要だ。伊藤さんがNPOでやっている学び方を高専教育でもやって下さい。」と言われた。その言葉に背中を押されて始めた参加体験型授業、そしてPBL、思いを同じくする先生方との出会い。そこから生まれた数々の「富山高専型実技教育」。世界の中での日本の産業競争力が取り沙汰される昨今、イノベーションによる国づくりと国民幸福度世界一を両立させている国デンマークを視察し、その教育から学ぶことが多いことにも気づいた。アジアの国々のPBLに関する情報とも出会った。本報告書では、調査の一部と、23年度から25年度の間に取り組んだ授業の中からいくつかの実践事例を報告した。ESDや安全教育、知的財産教育、学生の課外活動におけるKOSEN型実技教育については、別の機会に報告したいと考えている。

 学び方を変えるだけで自殺が減るとも思えないし、学生時代にほんの少し体験した学び方が影響を与えるとするのは少々楽観的すぎるが、それでも、本研究が、本校卒業生たちが活き活きと学び続け幸せに活躍してくれることに寄与できていることを信じたい。

 科研費による本研究を遂行するにあたり立ち上げた「学生が主体的に学ぶ授業づくり研究会(学び研)」での議論が、大いに私の気力と知力を支えてくれた。最初は少数の本校教職員だけだったが、他校の教員や企業の技術者も参加して下さり、多様性と刺激に満ちた「学びの共同体」が出来上がっていった。技術職員だからこそ、複数の専門分野の教職員や多様な専門をバックグラウンドにもつ地域の方々、そして学生たちと、個性豊かな授業を共に作ることができたことを、心から幸せだと感じている。

 丁子先生(本校副校長・技術室長)、定村先生(本校教育技術センター教員)、上坂先生(元本校産学コーディネーター)、荒木先生(元企業技術者・不二越工業高校教諭)、磯田先生(熊本高専教員)、川越先生(本校技術職員)をはじめとする学び研の皆様に、質の高い有意義な議論に対して深く深く感謝を申し上げたい。

 

 

引用文献 ・ 参考文献

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39.山田邦雅,自作クリッカーシステムによる授業,高等教育ジャーナル-高等教育と生涯学習-16,(2008)

研究体制

研究代表者 : 伊藤通子

研究分担者 : 岩永雅也/後藤尚弘

研究協力者 : 定村 誠/畔田博文/磯田節子/高松さおり/川越みゆき/山腰 等/丁子哲治/袋布昌幹/本江哲行

執筆協力者 : 定村 誠/畔田博文/磯田節子/下田貞幸高松さおり/荒木一雄/川越みゆき/戸出久栄 上坂 摂/後藤尚弘

学生が主体的に学ぶ授業づくり研究会のメンバー :

荒木一雄/磯田節子/岩永雅也/上坂 摂/大河内康正/大竹由記子/桶川啓昭/小澤妙子/上島賢秀/川越みゆき/畔田博文/後藤尚弘/佐藤圭祐/柴田慶之/清水義彦/下田貞幸/定村 誠/条谷辰幸/高松さおり/滝 康嘉/戸出久栄/富樫 豊/間中 淳/山腰 等/吉川文恵(学び研メンバー名は50音順)


平成23年度~平成25年度
基盤研究(C) 課題番号 23501083
科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金)報告書

認知主義・状況主義学習理論からアプローチするKOSEN型実技教育の再評価と標準化


発行日 平成26年3月31日

発行 富山高等専門学校 伊藤通子

〒939-8630 富山市本郷町13 TEL 076-493-5409

E-mail ito@nc-toyama.ac.jp

関連WEBページ

 富山高専のPBL http://www.pbl.toyama-nct.ac.jp/

 学生が主体的に学ぶ授業づくり研究会 https://manabi-ken.com/