3-1.教育プログラムをデザインすること
従来の教育プログラムは,指導者側で教えたい(学習者に必要だと思われる)内容を用意し効果的に伝え,その第一の教育効果として,一定の空間内(実験室や実習室)と時間内(授業中など)に事故が起こらないこととする考え方で組み立てることが一般的である.
提案する教育プログラムでは,インタラクショナルデザイン手法を取り入れ,常に学習者を中心に考え設計することを重視した.学生がその教育プログラムを受ける時点で,どのような習熟度でどのような情報をもっており,何に興味があり,何を目標にしているかという学習者のニーズを把握するところから始める.それらをふまえて,内容や手法を決定し実践して,得られたフィードバックを学生の次の学びと教育プログラムの改善に役立てる(図3-1).目標は,前述の図2-1 および図2-4 に示した力であり,他の授業や場においても発揮し,その積み重ねによって生涯持ち続けるセンスやマインドにつながっていくことを目指す.
様々な教育学の理論があるが,その中から本章で紹介する学習理論を教育プログラム開発の基本に置いた.本章で示す理論は,本安全教育にとって重要であると同様に,創造性や主体性を伸ばす他の教育プログラム構築においての重要性を筆者は報告している[2][9].
3- 2.動機づけ
自らの意思に基づいて振舞っている,すなわち自らが行為の原因であると感じている心理状態が内発的動機づけで,他者や社会的条件など外的な環境に強いられて行為している,つまり自分の行為の原因が自分の外にあると感じている状態が外発的動機づけである.すなわち,外的に強いられているのではなく自ら進んで取り組んでいるという心理状態が内発的動機づけの特徴とされる.
自ら選択したという感覚「自己決定性」と,やろうと思えばできるという「自己効力感や有能感」,学習がある成果に結びつくという感覚「随伴性認知」が高められれば内発的動機づけは増大するとされる[10].
本教育プログラムには内発的動機づけを促すように働きかける工夫をすることが重要である.
3- 3.メタ認知
メタ認知とは,認知についての認知,すなわち認知活動を対象化してとらえることであり,メタ認知的知識とメタ認知的活動に大きく分かれる.メタ認知的知識は,
①人間の認知特性についての知識,
②課題についての知識,
③課題解決の方略
についての知識で表される.
一方,メタ認知活動は,
①メタ認知的モニタリングと
②メタ認知的コントロール
の二つに分けて考えることができる.
メタ認知は,学習者が効果的に学習を進めていくうえで欠かせない.とくに学習活動の改善に役立つため自己学習の基礎となり学習の転移や適応的熟達化を支えるものであることから,何らかの工夫や仕掛けによって学習者のメタ認知を促すことが重要である.
3- 4.足場かけ
適切な足場かけの第1 段階として,学生の理解や能力,発達度合を超えて有意味で文化的に望ましい課題に取り組むように方向づけ,奨励する.現実的には,様々な制約や枠組みがあり,その中で最大限に学びの効果が期待できる活動を選ばなくてはならない.
第2 段階では,学生の現在の状態(理解や熟達の状況)を注意深く診断し,学びの過程に関与し,どの程度どのようにしてサポートするのが必要かを見積もる.一人ひとりへの援助というよりは,学びの共同体(グループやクラス)に対して他の学生たちや印刷物,学習支援ツールなど(分散化した知)が相乗的に関わることで,学生にとってより堅固な足場かけが行われるようにする.直接教授,学習環境,様々な教育的手法などを,効果的に組み合わせるようデザイン(課題の構造化:課題を可視化したり単純化したりして見通しをもって関われるようにすること ⇒ 問題化:何が重要か関わるべきかを同定し示すこと ⇒ 足場はずしの判断)する.
次の段階は足場かけの実践で,学生のモティベーションを上げるために一定の幅をもたせた範囲で学生に選択の余地を与えながら,直接教授,教室談話や問いかけ,ヒントの提示,ワークシートなどで具体的にサポートしていく.さらには,学生の熟達を見極めながら適切にサポートを減らし(足場はずし)て自立を促していく.適切な足場かけの第1 段階として,学生の理解や能力,発達度合を超えて有意味で文化的に望ましい課題に取り組むように方向づけ,奨励する.現実的には,様々な制約や枠組みがあり,その中で最大限に学びの効果が期待できる活動を選ばなくてはならない.
3-5.認知領域のタキソノミー
授業や学生実験の中で,知的好奇心を刺激して内発的動機づけを高めたり,問いかけ合いをしたりして深い学びへと誘うための足場かけ(指導者からの)やピア・足場かけ(チーム内の学生間での)を促すために,図3-6に示したブルーム(Bloom,B.S.)が提唱する認知領域のタキソノミーが示唆を与えてくれる.
ブルームは教育目標を認知的領域,情意的領域,精神運動的領域に分けて,それぞれを低次から高次へと段階的に分類している.このうち,認知的領域(知的側面についての領域)を,低次から高次の順に,「知識」「理解」「応用」「分析」「総合」「評価」と構造化し,「知識・理解」は出発点として位置付けている.
この理論は,一般的に学習の習得度合いを評価する際に用いられるが,学びの過程に組み込む評価が,理解を深めるためのフィードバックの機能を果たすという場合にも使うことができる.
具体的な学習や訓練の方法やツールとして,図3-7 に示すような多様な手法を用いた.具体的な使い方については,4 章の教育プログラム事例の中で,本章で紹介した理論と共に説明を行う.