2-1.安全教育で育成したい力
安全教育で育成したい力は,社会的責任・貢献度と専門性の高さによって変化し,図2-1 のように表される.(1) マナー,モラルを基本に,専門性や社会的責任が増すにつれて,(2) 環境や安全に対するマインドを育成する必要がある.さらには(3) 専門的知識やスキルが必要になり,社会では実践的な(4) 資格も必要となってくる.(1) は, 技術者倫理やESD(Education for Sustainable Development),環境教育等をとおして身につける基礎的な力であり,(3)(4) は,それぞれの専門課程で習得する.
では,(2) の安全に関する“ マインド” や,リスク制御や危険予知の“ センス” というものはどのように体得するのが適しているだろうか.(2) の育成こそ,学生の創造性や主体性を伸ばす教育の前提として備わっているべき安全意識である.しかしながら,現実にはこのような意識は経験を積み重ねればやがては備わるとされており,社会実装教育の前段階に配置されている基礎的な演習や実験,実習でも行われていないことが多い.
(2) に相当するマインドやセンスは,具体的には以下の4 つの能力である.
① 安全を創出する意欲,重要性に対する自覚
② 経験や知識を再構成・統合し状況に応じて使え,判断ができる力
③ 情報を取捨選択し活用して,下した判断を評価できる力
④ 自ら行動を起こし,周囲や環境に働きかける力
これらを効果的に育成することが必要である.
2-2.現状から目指すべき安全教育を考える
図2-2 は,工業高等専門学校にて,従来型の伝統的な安全教育を実施していた時のアンケート結果である.工学の学生(62 名)対象の設問「学校で教えてもらった安全教育項目」と,教職員を対象とする「学生実験で教えた安全教育項目」についての結果を重ね合わせた図である.アンケートは自由記述式で,図中の各項目は,前述の育成すべき能力に関連する学生の記述を次のように項目化して抽出し,出現頻度の割合を表したものである.
服 装:白衣,作業着及び保護具の着用に関する記述
スキル:安全確認,危険予知,器具の使用法等の記述
態 度:注意事項の遵守,集中力,油断などの記述
知 識:実験の予習,試薬の事前調査などの記述
周 囲:相互確認,周囲に注意を払うなどの記述
図2-2 より,従来の安全教育では,教職員が考えているほどに,学習効果が上がっていないことがわかった.すなわち,教職員が教えたと思い込んでいる知識はもとより,実験で自然に身についているであろうと期待しているスキルや態度等も,学生には学んだ自覚がなく,身についているとはいえないことが明らかとなった[1].しかしながら,安全に実験を行うための情報源については,図2-3 に示すとおり,77%の学生が先生を挙げていた.このことから,教職員からの学生への教育的働きかけを改善強化する必要性があることがわかった[1].
さらに,筆者が創造性や主体性を伸ばす安全実践教育の構築と教育現場での実践の必要性を強く感じるようになった経緯には,これまでに体験した悲しい事故による影響も大きい.(図2-4)卒業生が就職先の企業で事故に巻き込まれる事例は決して少なくない.大切に育て元気に送り出し前途洋々と活躍するはずの卒業生が,勤務先の製造現場で命を落としたこともあった.学生時代に自分の身を守れるような“ センス” や“ マインド” を習得するために,私たちにできることがもっと他になかったのだろうか,どんな小さなサインや前兆でも職場の問題として取り上げ組織として共有する“ 働きかけ力” を育成するチャンスがあったのではないだろうか,このような慚愧の念にさいなまれることがあった.
また,学生実験の準備や環境整備の過程で教職員に起こる事故もなかなか減らず,同様の事故が再発してしまう.ルーチンワークよりも挑戦的な仕事が多い教育研究の現場,少量だが多品種で新規の薬品・機器を扱うことが多い実験室や実習室,そして毎年毎年,気質や特性の異なる学生たちが入学し数年で入れ替わるという,常時,初心者が大多数の教育現場ならではの特徴である.
私たちが行う教育は,学校内で学生たちが安全に学べるように働きかけるのみならず,学校外での活動,さらには卒業後,職業人として安全な社会生活を営めるというところまでを視野に入れる必要があるのではないだろうか.
本研究のテーマである「創造性や主体性を伸ばす安全実践教育」はそのような筆者の問題意識に立脚している.
2-3.講義型から認知理論に基づいた体験型へ
一般的に,企業の安全教育でも,講義型は知識を伝達したり指導者の考え方・やり方を知ったりするにはいいが,知識の定着や活用には限界があるとされ,実際に体験し,自分が使える知識や姿勢やスキルを体得する体験型がどんどん取り入れられている.学生の心身にしっかりと定着し創造性や主体性を伸ば
す安全実践教育は,伝統的な知識習得重視型で実施することは難しく,学習者個々の内発的動機を促すことにより自ら知識を構成し理解していくとする,認知主義や構成主義の立場に立った教育を提供することが重要であると考える.
筆者は,これらの学習理論をアクティブ・ラーニングや社会実装教育の根本原理として意識的に取り入れた教育プログラムを構築することを主張[2]しており,本研究における安全教育においても同様の考え方で教育プログラムを開発した.表2-1,図2-6 にそれぞれの学習理論の概要とイメージを示し,表2-2 に,提案する安全教育との関連をまとめた.
表2-3 に,従来の安全教育との比較を示す.