4-3.訓練や知識不足など,未熟さに対処するための取り組み
4-3-1 行動主義的教育プログラム
① チェックシート
図4-8 のようなチェックシート・マトリックスを考案した.チェックシートのような行動主義的な原理に基づいた学習法は,学生の主体性や創造性育成に直接働きかけるというよりは,その基盤となる基本的な知識の習得と,態度を育成するしつけ的な訓練に有効であると考えられる.
チェックシート・マトリックスは,縦軸に発達度合いを,横軸にはテーマ項目を置いて,学生の発達度合いに応じてそれぞれのチェックシートを使用する目安とした.
図4-9 は,初心者向けの学習用に開発したチェックシートの一例である.これは,服装や保護具について学ばせるためのチェックシートであり,特に初めての実験期に適している.マトリックスでは, A-1 となる.
低学年の実験・実習において,本シートを用いて学生自身が自らの服装をチェックする習慣を身につけさせることを目的として作成した.その結果,図4-10 に示したとおり他の項目に比べて服装に関する認識が高くなり,この方法による教育効果がみられた[1].
初心者は,白衣と作業着の違いはわかっても,その機能の特色や正しい着方を知らない.なぜ髪を縛る必要があるのか,顔に髪が掛かることがなぜ危険なのか,ある種の化学実験ではコンタクトレンズがなぜ危険なのか,袖口のボタンを留めないことや靴の紐がゆるんでいることがなぜ事故につながるのか等々,起こる可能性のある場面を「想像」しながら未然に防ぐことの「重要性」を認知し,そのための「行動」ができる能力を育成しなければならない.そのためには,過去の事故事例を紹介したり白衣や作業服の種類や機能を説明したりして,チェックシートで自らを確認し,知識を定着させ,行動を習慣化する,という目標に向けて訓練することが不可欠である.
学年が進み専門的実験開始期になると,白衣や作業服も,扱う薬品や工具,危険の対象物によって使い分ける必要性が出てくる.例えば生地や外部露出の付属品にも,難燃性素材,耐薬品性素材,帯電防止素材などがある.そのような知識習得と同時に継続的な着衣の習慣づけにも対応できる B-1 C-1 のようなチェックシートとなる.
さらに,研究室配属期となると,知識やスキルも習得し経験値もあるがゆえに,逆に,過信から安全創出に対するセンサーが緩くなることが多い.結果として安全な場であることが圧倒的に多い当然の状況に慣れてしまい,リスク管理の感覚が鈍化する.その結果,研究室付属の実験室では安全と研究遂行との優先順位が逆転してしまい,低学年の時の学生実験室では保護具装着が当然であった習慣をいとも簡単に手放してしまう例が散見する.そうなると,チェックシートのみでは記入そのものが形がい化していくため,4−1の風土や文化的な要因に働きかける取り組みや,4−2の管理的に働きかけることも必要になってくる.
A-1 から D-5 まで,富山高専技術室において開発したものを,本研究にて筆者が加筆,修正したそれ
ぞれのチェックシートの例を挙げる.しかし,これは,あくまでも一例であり,法定やルールの変更,学生の気質などを考慮し,それを使用するそれぞれの時機や現場に適合したチェック項目を付加,または削除して使用する必要があると考える.
――― 授業への導入方法
チェックシートは,実施するタイミングが重要であった.
A-1 は,実験室に初めて入る日のオリエンテーションで,実物を提示しながら丁寧に説明を加えて行う.
その後,少し気持ちが緩みそうな日(天候やカレンダー,行事などの影響で)やタイミングを見計らって継続的に行うことで効果が上がった.3 回目くらいになると,学生同士で相互にチェックさせることも効果があった.マンネリ化を避け,チェックシート記入が形がい化しないように時機や方法を工夫することが重要であった.
服装については,乱れている個人に対して指導を行うことが多いが,当該学生の服装の様子を一般論として取り上げ紹介して,クラス全体で情報を共有し,改善策を考え,全員で安全を作り出すという雰囲気や文化を醸成することが効果的だった.特に初期にそのような一斉指導を行うことで,その後の学生同士の相互チェック機能も働くようになった.教員からの一方的な指摘より,学生相互に指摘し合う経験が安全文化の醸成にはプラスとして働くのである.
いずれも,5 分~ 15 分程度のショートプログラムとして,通常の学生実験の最初または実験の流れの中にタイミング良く埋め込むことが効果的であった.