4-3.訓練や知識不足など,未熟さに対処するための取り組み
4-3-2 構成主義的教育プログラム
④ ヒヤリハットの教材化Ⅱ
事故の管理や状況把握を主な目的としていたヒヤリハット報告書の書き込み欄の文言等を変えることにより,指導者や学生間のコミュニケーションを促し,認知的働きかけが活発になることをねらった.
ガラス器具の破損,薬品がこぼれたなどの軽微な事故の際,懲罰的にならないよう予め点数に影響のないことを学生に知らせたうえで図4-28 のように開発した用紙に記入させた.
最初の頃は,学生は,図4-29 の左のように,今後の注意事項として「注意して行動する」といった,情緒的,抽象的で危険要因が不明瞭な記述しかできない.これでは,効果的な対策をとるところまで思考が働かず,同一人物による同様事故の再発を防げない.そこで,学生が記入した記述を教職員が一緒に見ながら,その原因に学生が到達するまで何度も問いかけることを行った.問いかけの内容は,認知領域のタキソノミー(本書p 14 に前述した理論)に基づいて行う方法とした.例えば,図4-30 のような学生とのやり取りを,図4-31 の理論を応用して,図4-32 のような問いかけに変えるのである.それによって図4-29 の右のように記述が変化した.すなわち,「もしビーカーをすべらして落としてしまっても割れないようにするために,洗いものをする際は,洗面台の底の近くで洗うようにする」というように,具体的で実行可能な記述である.このように,高いレベルの思考力を身に着けることを「問いかけ」によって促すのである.思考のレベル分け(ベンジャミン・ブルーム)
〈1〉知識 ⇒ 暗記力(事実、言葉、やり方、分類を知っている)
〈2〉理解 ⇒ 内容を解釈、言い換える、説明する、推し量る能力
〈3〉応用 ⇒ 知識を一つの状況から別の状況に移すことができる能力
〈4〉分析 ⇒ 全体の中の部分を見つけたり,区分けしたりできる能力
〈5〉統合 ⇒ 部分を組み合わせて統一された全体をつくりだせる能力
〈6〉評価 ⇒ 基準を使って情報の価値や使い道を判断できる能力
認知主義的な学びを意識して開発した本教材の特徴は,実験中に起こった軽微な事故を,教員とともに振り返ることで,なぜヒヤリとしたのか,どのようにすれば安全であったのか,自分は何ができて何ができないのかを考えさせ,学生に自分の行動を振り返る機会を与えたことのみならず,教職員自身にも施設・設備,実施体制を見直すきっかけが与えられることである.最終的には,学生自らが考えた対応策について,〈6〉の評価を加えるところまで行くとよい.
学生の学びを促す足場かけとしての問いかけの応用として,図4-33 や図4-34 に示した,「開いた質問・閉じた質問」も効果があった.