2-5 アジアの技術教育とPBL

 世界中の教育が変化する中、アジア圏を中心に最適な教育学を提供する事を目的として、教育に関するリサーチとコンサルティングの専門組織、Promethea Education ConsultingPte. Ltd.が2011年に設立された。この組織が、2012年から2013年に出した報告書 “アジアのPBL”シリーズでは、アジアでPBLにより起こっている変化が、以下のように報告されており、それぞれの国や地域における文脈と共にアジアにおける最も革新的な教育的実験の実践に対する洞察を与えようとしている。アジアの国々では、医学とコンピューターサイエンスが最もProblem-Based Learningを導入している分野である。しかし、近年、この革新的な教育学は社会科学や人文科学でも増えてきている。東南アジアでは、1990年にインドネシアでPBLが導入され始め、2000年頃までにはシンガポールや香港にも広がっていった。 PBLの開発は、当初は医療科学と技術の分野で実施されたが、現在はあらゆる分野に広がりを見せている。グローバル規模での競争力と21世紀型スキルの開発に重点をおく政策にシフトしている国々では、教育によってイノベーションを起こそうとしているのである。

 アジアの国々における教育改革の中でも、シンガポールのPBLによる教育改革が最も進んでいる。シンガポールに続きインドネシアでも、高等教育においてPBLによる学生中心の学びが広がっているが、インドネシアとシンガポールでは、新しい教育実践に対する課題が異なる。インドネシアは国の規模も大きく、社会経済的な制約や植民地時代の重荷が教育システムに未だ影響を与えている。しかしながら、多様な分野、特に、医療と法学の分野の教育に創造的で大胆な解決策が現れつつある。

 日本は、儒教的な東アジアの国(中国と韓国と日本)の中で、PBLを実施した最初の国である。日本の医学教育の分野ではPBLが広く利用されている一方、他の分野での開発は遅れている。近年、IT教育のためのProject-BLが発展してきたが、他の科学分野は非常に進歩が遅い。工学分野では、国立の技術系高等教育機関で調査を実施した。それによると、教育を変えたい一部の熱心な教員らによりPBL導入への挑戦はなされているが、彼らはPBLの教育原理を知らず、小グループで活動させてはいるものの共同学習にはなっておらず、学生による主体的な学習もなされていない。また、日本の受験制度や封建的な組織構造が、学生中心の学びのためのシステム構築を妨げる要因となっている。

 香港と台湾では、文化や歴史の相違性と教育における類似性が興味深い対比を作り出している。PBLに関していえば、これら二つの地域はどちらもマクマスター大学から同じような影響を受けており、主に医療分野でPBLプログラムを開発している。しかし、健康科学の他に、ソーシャルワーク、臨床心理学や科学技術専門教育などの分野でも開発が進められている。

  マレーシアは、PBLを導入したアジアで最初の国である。マレーシアの最も活発なPBLプログラムや、医学・工学分野でのPBLの進捗、高等教育改革の動向、PBLを実践する教育機関におけるPBLに関する学術研究の進捗状況が報告されている。マレーシアではすべての医学校と、多くの工学教育プログラム、いくつかの他分野の教育で、PBLが導入されている。

 

表2-1 アジアの高等教育機関のPBL

国名
シンガポール
シンガポール
マレーシア

Republic Polytechnic

Republic Polytechnic

Temasek Polytechnic

Temasek Polytechnic

Universiti Teknologi Malaysia

Universiti Teknologi Malaysia

地域

Woodlands,Singapore

Tampines, Singapore

Johor Bahru, Malaysia

学校創立年

2002

1990

1975

運営主体

国立

国立

州立

学生数

14000+

15000+

20000+

学長名

Mr. Yeo Li Pheow

Mr. Boo Kheng Hua

Prof. Dr. Zaini Ujang

PBL導入分野

全てのコース

全てのコース

工学、教育

PBL導入年

2002

1998

2003

PBL の方法

One-Day One-Problem

McMaster Method

Cooperative PBL (CPBL), Modular

特徴

・PBLの哲学に基づいた実践。

・PBLの方法論として、「学生主体の学び」という哲学を徹底し、包括的アプローチとして開発した「One-Day One-Problem」は画期的な方法である。 ・ほとんどの卒業生が就職、チューターの65%が産業界出身であることが特徴的。 ・主体的学びを支援するための、教員訓練、教育開発センター、設備環境、教育ネットワークが充実。

・1997年の国の教育改革TSLN直後に導入した先駆的PBL。国の強い主導で進めている。

・PBLは多様な学習戦略の中の一つとして位置づけ。 ・PBLモジュールはFILAワークシートによる7ステージという独自の方法をとる。 ・専門能力開発とPBL研究のためのセンター(TCPBL)をもち九州や沖縄の高専や大学や他国とも交流。 ・e-ラーニングなどをはじめ、何種類かの学習教育用ネットワークを提供している。

・マレーシアで最も古い国立の工学高等教育機関。

・医学教育PBLに似た短いサイクルのシナリオ型、タスク指向。 ・2013年にはUNESCOチェアと工学PBLの国際シンポを開催し世界へ参加。 ・CPBL(Cooperative Problem Based Learning Learning) ・教員のための研修プログラム。

国名

マレーシア

インドネシア

香港

University of Malaya

University of Malaya

Gadjah Mada University

Gadjah Mada University

The University of Hong Kong

The University of  Hong Kong

地域

Kuala Lumpur, Malaysia

Jogjakarta, Indonesia

Hong Kong

学校創立年

1963

1949

1911

運営主体

国立

国立

州立

学生数

1000 + (MBBS)

1600 + (All programmes)

35000+

22000+

学長名

Prof. Dr. Adeeba Binti Kamarulzaman

Prof. Dr. Pratikno

Lap Chi-Sui

PBL導入分野

医学

医学、法律、獣医学、看護学

医学、歯学、建築、社会

PBL導入年

1999 – 2000

1992

1997(医学)

PBL の方法

現在はHybrid PBL

シドニーカリキュラムに基づいたComprehensive PBL への改革進行中

Hybrid Curriculum – Maastricht Method

Hybrid

特徴

・1949年の植民地時代に設立されたマレーシアの最古の大学

・医学部からPBLが導入 ・1999年から2000年までの新統合カリキュラム(NIC)改革の一環として、PBLの実験が始まる。 ・当初のハイブリッド型から医療カリキュラムをシドニーカリキュラムをモデルに、統合型に改訂中。

・医療分野で始まったPBLがアジアのPBLの先駆的存在。

・医学教育で始まったPBLは、2007年に政府の支援により医学カリキュラムの修正が行われた。カリキュラムは地域指向型が特色。医学教育は実践的なものに変わり、最近は法学の分野で広がりつつある。

・マクマスター大学からPBLが紹介された。

・医学部( 1997年)が改革をリードし、歯学部( 1998) 、ソーシャルワークと社会行政学科(1999年) 、建築学部が続いた。 ・学部によって完全なPBLカリキュラム(歯学部)からハイブリッドモデル(医学部)まで多様。 ・2012年カリキュラム改革へのPBL適用において医学部とソーシャルワーク学部がケーススタディとして注目されている。