学校は何かを教えるところではありません。
学校は、一人ひとりの可能性をみつけ伸ばすところです。
大切にしているのは、「哲学」「イノベーション」、そして競争より「協力」です。
視察の概要
平成24年10月22日(月)から25日(木)まで、デンマークのオルボー市にある小中学校と高校と大学を視察しました。福祉と環境先進国で知られるデンマークですが、同時に経済の国際競争力も高く、国民の幸福度も世界一といわれます。国民の合意のもと理想の国の在り方を目指して、様々な施策が具体的に実施されています。教育もその中の一つとして重要な位置をしめています。
デンマークでは、小学校から大学修士課程に至るまで、教員には認知主義、状況主義認知理論が染み渡っており、それを具体化する教育手法として、Problem-based Learning が、Project-organized、または、Project-oriented で実施されています。日本では、Problem-BasedとProject-Basedは混同して扱われていますが、教育内容は Problem-Based であることが説明され、Proectには -organized や -oriented が付いて表されていました。すなわち、「現実の問題に基づいた課題にプロジェクト型で取り組む学習」とでも訳せるでしょうか。
世界で最も民主主義が進んでいる国の国民であり、日常的に議論をよくする国民性をもつデンマークでさえ、PBLには様々な困難が伴うといいます。しかし現場の先生たちは強い信念を持って、いいえ、教育哲学と呼んだほうがいいかもしれないくらいの思想と責任感に基づいて教育を担い、様々な工夫をしていました。(小学校や中学校の先生から、教育思想家の話や、何度もフィロソフィという言葉が聞かれました。)
オルボー大学は、PBLを実践する大学として1984年に創設されました。オルボー大学のPBLは、オルボーモデルと呼ばれユネスコチェアの認定を受け、世界中のPBLのけん引役やモデルとなっています。
オルボー大学のPBLを特徴づけているのは、「問題の選び方」「学びの環境整備」「プロジェクトの量や長さ」「学ぶ過程を重視」「グループへの強い参加度」「評価はグループで」ということがわかりました。ある文献に、PBLは構成主義認知理論を実施する一番優れた教育手法であるとありましたが、オルボー大学ではすでに状況主義的な認知理論に裏付けられた実践を、意識的に前面に出していると感じました。日本では、まだ、状況主義の学習を学校教育で具体的にどのように進めるのかはっきりとしていないようですが、今回の視察で一つのヒントを得たような気がします。
♦ なぜ、デンマーク?
デンマークは北欧の小国(人口550万人、43000㎡)ながら日本の教育を考えるためのヒントがあります。
GDPは対1990年比で50%増加というように経済成長を続けながらも、環境先進国として二酸化炭素排出量15%削減、エネルギー自給率は1980年5%から2009年には120%へと躍進させています。食糧自給率も300%(日本は40%)、そして税金が高いのに、国民幸福度に関する種々の調査で世界1位の国です。人口は福岡県とほぼ同じ規模ですが、ノボザイム、ベスタス、カールスバーグ、レゴなど、様々な分野で世界シェア上位の企業がたくさんあります。(技術と経済2012.10)
このようなグリーン成長戦略国への施策を支えているのが自律的な高い民意です。国政選挙などの投票率は80%、つまり、一人ひとりが国の在り方に関心を寄せ、責任をもって政治的な行動をし、国を動かしている結果です。
デンマークのリーダーたちは、1973年のオイルショック以降、循環型社会を基盤にした真の豊かさを目指す方向性を打ち出しました。持続可能な開発の在り方を追求して、1983年にAE83というエネルギーシナリオを発表、1990年にはEP90、そしてEP2000という画期的な政策を打ち出します。そして、2011年には首相が、2050年を見据えたエネルギー戦略「一切の化石燃料を使わない社会づくり」を世界に向けて公約しました。
自律した高い民意が、このようなEU諸国からも一目おかれ世界をリードする国の施策を支持しているのです。
そしてそれを根幹で支えるのが「教育」です。
気候や地勢に恵まれているとは言えず、環境問題の打撃を真っ先に受ける省資源国、デンマーク。自分たちで自分たちの国を守るには、「人」という資源を最大限に活かすことしかない、という考えをよく耳にしました。
デンマークの教育は、学校ではなく社会で能力を発揮して成果を出すことに焦点が絞られています。ですから、PISAなどの学力テストには振り回されることはありません。PISAの国際ランキングが低くとも、企業に入ると他の国に対して能力が逆転しているといわれています。そして、次世代を創造する知恵を生み出す世界のリーダーたる人材を育成することを目指しているのだといいます。
今回、出会った小学校から大学までの教員、そして子どもや学生たち一人ひとりから、同じ意味合いの言葉を繰り返し聞きました。学校で学ぶべきことは、競争のスキルより協力と合意形成のためのスキルや能力、知識は使えることが大事、革新的な考えを生み出すことが重要、フィロソフィーが不可欠、持続可能な社会づくりのために知恵を使わなければ…。
国民のコンセンサスによって作られた教育の国家ビジョンを一人ひとりの教育者がそれぞれの言葉で語り、具体的にはProblem-Baseed Learning及びその教育理論を使って着実に、学校で実践しているのです。
そして、その結果、脱大量生産、脱大量消費、右肩上がりの経済成長否定の、私たちはどうあるべきかという哲学に基づいた新しい価値観である「真の豊かさ」を生み出しつつあることが見られました。
デンマークでは、学校教育の目標は一人ひとりの成功ではありません。一人ひとりの幸せなのです。そして幸せのためには、国家の安定や平和が欠かせません。
ですから、大切にしていることは学校で勉強することではなく、学校で一人ひとりが可能性を見つけることなのです。大人になるまでに一人ひとりが自分の可能性を見出して自分に合った方法で社会への貢献をする、それが個々の幸せや充実感につながっているのだと思います。
また、競争ではなく協力や合意形成の大切さと具体的な方法を教えて、学校時代に何度も何度も大小のProjectの中で実践します。やがて、彼らは大人になって大小さまざまな単位の共生的なコミュニティーを形成し、タフで責任ある一人として参画します。それが、家族であり、地域社会であり、国家なのだと思います。
授業のカリキュラムはもちろんですが、受験も学校の試験も他人と競争させるような仕組みには一切なっていないことが、とても印象的でした。
♦ 街の様子とデンマークの人々
落ち着いたたたずまいの低い建物が多く、レンガ造りの古いビル(100年以上)の内装や外装をリニューアルしながら使っているようです。ラッシュアワーは7時と15時過ぎ頃。朝、真っ暗なうちから働きますが終業は早く、16時に訪れた学校には生徒も教員も一人もいないガランドウでした。皆、ホームタウンでスポーツしたり家族と過ごすということでした。
道路は、歩道、自転車道、車道がはっきりと分けられ、皆ルールを守って街中は整然とした印象です。そこかしこに洗練された北欧デザインがあふれていますが、モノ自体は少ないと思いました。例えば、事務所の窓は大きく外から丸見えなのですが、どの事務所も必要最小限のモノしか置かれていませんし、お店もスッキリしています。しかし食料品や花は種類も豊富で、日々の必需品はとても安かったです。
ファッション、特にコートはあまりバリエーションがなく、ほとんどの人が黒か茶のフード付きの機能的なジャケットです。自転車に良く乗るのだけれど冷たい強い風が吹く日が多いので、これが合理的なのだとのことでした。たしかに郊外の街を40分くらい歩いた時、向かい風の場所では手も顔もかじかんでガチガチに固まってしまいました。
しかし、一歩建物に入ると柔らかな暖かさに包まれ厚いコートを脱ぎたくなります。壁の厚いレンガ造りの建物は、断熱がしっかりしていて建物自体の熱容量が大きく、地域暖房による輻射熱で充分に暖かいので、シャツやセーター一枚など薄着で大丈夫なのです。学生の中にはジーンズにTシャツ一枚という若者も多かったです。
デンマークの人々は、子ども達の教育費や、退職後の暮らし、病気になった時の費用の不安がないようです。国民の基本的な生活のすべてが国から支給または支援されるからです。高い税金にたいしても不満はなく、そのかわり政策に対してはシッカリとチェックしして選挙などで自分の意思を表明するそうです。様々な決まりごとに対しては、皆で議論して自分たちで決めた政策なのだから、間違っていたらすぐにまた皆で議論して直せばいいという柔軟でおおらかな態度です。そこには政治や組織のトップに対する信頼感と、自分たちは無力ではないという自信のようなものが感じられました。
デンマーク人が静かにそっと微笑む感じは、日本の雪国の人の雰囲気に似ていると思いました。派手にふるまうことはなく、すぐに知り合い同士で固まったり、強い家族の絆がある、倫理観が高いなどという話を聞くと、欧米人の中でも日本人に似ているのかなと思いました。
しかしながら、一人ひとりは自律していて、小学生も自分の意見をはっきりと表明しますし、どの学校でも授業はとても活発で、先生も生徒もとても楽しんでいる様子がひしひしと伝わってきました。
♦ 日程
No. | 日 | 視察先 | インタビューした人 |
1 | 10/22 | Skørping School (小中学校) | 校長先生、教頭先生、中学3年生の国語の先生、中学3年の先生、小学校3年の算数の先生 |
2 | 10/22 | Aalborg University Department of Development and Planning 「オルボーモデルの概要」 | Mona(Prof.),Jette(),Aida(PhD) |
3 | 10/23 | Støvring Gymnasium (高校) | 校長先生、教頭先生、高校1年生の社会の先生、数学の先生、高校2年生英語の先生 |
4 | 10/23 | Aalborg University Main Campas,建築デザイン学科メディアテクノロジーコース5sem、プロジェクトのための一つのCourseの最後の授業で、チーム毎に学ぶべき課題について調査して発表、教員が補足の講義をする授業 | 担当教員:Martin Kraus(),受講学生 |
5 | 10/24 | Aalborg University, 建築デザイン学科5semのプロジェクトのための一つのCourse「設計」の最後の授業、チーム毎のプレゼン後、2人の教員からアドバイスを受けながらゼミナール式で全体討議。 | 担当教員:Camilla Bruns(),__(),受講学生 |
6 | 10/24 | AAU in Utzon Center,建築デザイン学科デザイン5sem、プロジェクトのための一つのCourse「構造設計」のWorkshop型授業 | Adrian(Prof.),__(Prof.) |
7 | 10/24 | AAU in 繁華街中のProject rooms,建築デザイン学科9sem(修士2年前期)のプロジェクト | Project中の学生たち |
8 | 10/25 | AAU in フィヨルド沿いビル,Department of Development and Planning、評価に関することを主にインタビュー | Arne(prof.),Karri(PhD) |
9 | 10/25 | AAU in 旧火力発電所、建築デザイン学科修士課程7sem(1年の前期)ProjectのCouse2、講義と演習形式の授業 | Dario Parigi(),受講学生 |
10 | 10/25 | Aalborg Tekniske Gymnasium (HTX:技術高校),理系の3年制高校、理系大学への進学準備としてPBLに力を入れている学校 | Anja Ravnsbæk(生物教師) |
11 | 10/25 | AAU in Utzon Center | Adrian(Prof.),__(Prof.),視察6の授業の発表会とコンペティション |
視察先の概要
♦ 視察1
デンマークの義務教育は0年生から10年生まで。小学校と中学校は一緒になっている。0年生が幼稚園のようなもので小学校へ入学する準備のための学年だ。小学校は1年生から6年生まで、中学校は7年生から9年生までである。ユニークな制度としてその上にエスタコーレと呼ばれる10年生というのがあり、もう少し時間をかけて学びたい生徒も行くし、自分に適した高校を選ぶための時間としても使えるそうである。今回は、オールボー大学の先生のお子様が通う学校を紹介していただき、5年生の算数、7年生の社会と国語の授業を視察した。
♦ 視察2
オールボー大学の授業は、学部が3年間(6学期=1~6semster:略してsemと表す)、修士が2年(4学期=7~10sem)の10学期制で、そのすべてがPBLであり、カリキュラムはPBLが最大限に効果を上げるように工夫され組まれている。学校(教員と学生)は社会に大きく開かれており、地域や世界で実際に起こっている様々な問題を解決する過程で研究し学ぶ。基礎的な知識やスキルを得るCourse(座学の講義、演習、ワークショップ、実験、調査、視察旅行、発表会など様々な形式がある)と、その知識やスキルを使って実際の問題解決に取り組むProject(スーパーバイザーのアドバイスを受けながらのチーム学習、視察旅行やインターンシップも含まれる)が並行して行われる。前期に一つのProjectとそのための2、3のCourse、後期にも一つのProjectとそのための2、3のCourseが用意され、授業の目的、概要、形式、講師、提出物、獲得すべき知識やスキルや能力、参考文献などが、Study Guideに詳しく載っておりネット上に公開されている。
日本では前期と後期を合わせて1学年という数え方をするが、デンマークでは学年という考え方はない。半期で1セメスターとしてカウントする。つまり日本の大学の1年生は1semと2semで、2年生は3semと4semという具合だ。学部は6semまで、7sem~10semまでが修士課程である。それぞれのsem=セメスターはECTSというEU内で互換できる単位で表され、半年間の1セメスターで30ECTS(900時間)が必須となっている。
オルボー大学の、Problem-based Learaningを研究し授業の設計を行う部署のMona教授とJett准教授、Aida PhD.(博士課程に身をおくが教員として教えてもいる、ポルトガルからの留学生)に、オールボーモデルの概要を伺った。
特に、ユネスコチェアとして世界中のPBLをけん引する「オルボーモデル」の特長的な点-例えば学生が取り組む“Problem”の設定の仕方など-を中心にインタビューした。
♦ 視察3
視察1で視察した小中学校の教育が、どのように高校へと引き継がれていくのか、生徒が進路を決める時期にどのような教育が行われているのか、大学入学のための教育や試験はどのようなものか、それらとPBLとの関連などを調査するのが目的である。
訪問した高校は普通科の高校であり、中学生の中でも成績上位3分の1くらいに位置する生徒が通っていた。1年生の社会、2年生の英語、1年生の数学の授業を視察し、校長と教頭先生(化学が専門)にお話を伺った。驚いたのは、視察した授業すべてがグループ学習であり、Problem-based/Project-oriented Learaningとして組み立てられていたことだ。
♦ 視察4
Aalborg Universityで、実際の授業を視察した。訪問したのは建築デザイン学科メディアテクノロジーコース5sem(日本の大学の3~4年生レベル)、プロジェクトのためのCourse「コンピューターグラフィックス」の授業、プロジェクトのための150時間のCouseの最後の90分。4人からなるチーム毎に、学ぶべき課題について調査して発表、基礎知識の共有を行っていた。学生の発表後、担当教員の講義があり、内容が補足されていた。
♦ 視察5
Aalborg University, これも実際の授業。建築デザイン学科5sem(日本の大学の3~4年生レベル)のプロジェクトのためのCourse「設計」の最後の授業、チーム毎のプレゼンと全体討議を、2人の教員からアドバイスを受けながらゼミナール式で行う、視察4とは異なりこちらは基礎知識の共有ではなく、プロジェクトのコンセプトを固めるための基礎調査結果を発表して、皆で議論するゼミナールだった。
担当教
♦ 視察6
AAU in Utzon Center,オルボー大学のPBLの特長は、Project room と呼ばれる個室が、ほとんどプロジェクトの数、用意されていることである。その数は1200以上で、建築学科の場合は、郊外のメインキャンパスよりも街中の空きビルなどに多く確保されているようだ。この授業も街中の博物館の一室で行われていた。フィンランドの著名な建築家Utzonにちなんだ博物館は、図書室やワークショップルーム、展示室までも!がオルボー大学に解放されており、この授業も普通は展示室である部屋でWorkshopに取り組む建築デザイン学科デザインコースの2年生前期の学生たちの様子を視察した。
♦ 視察7
繁華街にあるオルボー大学のProject roomsのひとつを訪ねた。建築デザイン学科5semの学生は視察5の発表で徹夜をしたようで午後はさっさと帰ったらしく誰もいない。修士(7sem)の学生も3か月以上のインターンシップに出ているらしく留守で、修士2年前期(9sem)のプロジェクト中の学生たちが活発に議論していた。 いくつかインタビューをした。
♦ 視察8
フィヨルド沿いのオルボー大学のビルの一室,3面ガラス張りの眼下には、フィヨルドと対岸の工場やアパートが見える絶好の部屋。Department of Development and Planning の教授で、富山高専主催のESDシンポジウムの時招待したアルネ先生に、主に評価についてインタビューした。途中でドクターコース在学中のKalliさんも同席。学生の立場から話してくれた。
♦ 視察9
旧火力発電所の建物の中にあるオルボー大学の講義室、建築デザイン学科修士課程7semのProject「古代から現代に続く技術をふまえた北欧建築」のCourse2「建築工学と伝統的設計」、当日はCourse2の最後の授業であり、教員の研究に関する専門性の高い講義だったが、60名ほどの学生は3時間ほどの授業を熱心に聴き質問をしていた。
♦ 視察10
理系の3年制の高校、理系大学に進みたい生徒のための準備、特にPBLに力を入れている、近年、教員数も1.5倍になり校舎も新設するくらいに人気がどんどん高まっている高校。就職と進学が半々であるということである。
♦ 視察11
実際の授業を視察した。視察6で訪問した建築デザイン学科デザインコースの5sem(2年生前期)のProjectのためのCourseの一つのWorkshopで、3日間かけて制作した制作物を発表し、コンペティション。