はじめに

図1 デンマークAalborg ModelのPBL

図1 デンマークAalborg ModelのPBL
図2 従来型とPBLとの学びのイメージの比較 図2 従来型とPBLとの学びのイメージの比較

 Problem-Based Learningの「現実の問題」は、学習者を熱中させ深い理解へと導く推進力を秘めている。Project-Based Learningの「プロジェクト」は、学習者の共同体による新しい知の創造が起こる可能性を秘めている。そして「チーム」は社会変革への潜在力を秘めている。

 これからのKOSEN型実技教育の再構築に、世界中の工学教育で優れた教育実践が報告され、今なお進化を続けているPBLの理解から始めることを提言したい。

 発達の基本原則、人間の心理や認知活動、それを裏付けるような脳科学の知見が、近年、急速に明らかになってきている。その過程で認知主義・状況主義学習理論が導かれ、社会のニーズを満たす実践としてPBLが生まれ発展してきた。工学系のPBL、デンマーク・オルボーモデルは単なる手法ではなく、イノベーションを起こす技術者のための様々な学習活動の基本となる教育学であると言われている。

 本研究を遂行するに当たり、KOSEN型実技教育の再構築に必要不可欠だと思われる教育心理学の基本的学説を抽出した。工学系にはなじみの薄い領域かもしれないが、どのような分野であれ、真理は、むしろ単純でわかりやすいものである。

   PBLはピアジェやデューイ、キルパトリックの教育思想や理論を実践する学びから生まれた。そして、ピアジェやデューイらへの批判的な視点から新しい教育心理学理論を打ち立てたヴィゴツキーの理論をも包含してパワーアップし、さらに、ごく最近はエンゲストロームの活動理論の影響も受けながらますますPBLは進化を続けていくのではないかと思われる。実践者がそれぞれの現場で応用し始めると、それはもうPBLを超えオリジナルの教育学になっていくかもしれない。

 世界のPBLに関する文献調査の過程で、フランス人教育学者、ヴァジニー・サヴァントによって2012~2013年に出された、アジアの工学教育に関するレポートPBL in Asia Seriesに日本の工学教育のPBLについて残念な調査報告を見つけた。日本では医学教育とコンピューターサイエンスではPBLは成功しているが、工学では未だ行われていないとの結論となっていた。すでに、デンマークでは国を挙げてのPBL教育が福祉とグリーン成長戦略の国づくりを成功させているといわれ、シンガポールやインドネシアでは、技術系学校のPBLが国の産業をけん引する教育となりつつあるという。(これらは、すでに、PBLを基にした各国オリジナルのアクティブラーニングと呼ぶべきかもしれない。)一方で、日本のPBLは形式の模倣であり、グループ活動はしているがチームとしての協働的な学習にはなっていない、PBLの理論的背景を理解していない、学生主体の学びは存在しない、と厳しい報告がされている。

 冒頭に紹介したように、PBLは一人ひとりの隠れた能力を見つけ引き出し、次のステージへとつなげる楽しい学びとなり得る。

 それをPBLと呼ぼうと呼ぶまいと、その教育観に共感し、学生の力を信じて学びを彼ら自身にゆだねることができるならば。

 私たちの仕事は、そんな学びを授業という枠組の中で学生たちに提供することである。PBLの学びのプロセスで私たちがすべきことは、学生の心に灯を点け、学生の学びのペースに伴走し、学生が自力で歩き始めたら姿を消すコーチや監督のような役割だ。優秀なコーチや監督の下で理論を学び苦しい実践練習を十分に積んだスポーツ選手が、自信をつけてワクワクと試合に向かうように、学生たちが意気揚々と社会へ巣立っていくことが、PBLの最終ゴールである。

 伝統的な教育との違いが伝わり、新しい時代のKOSEN型実技教育をめざす授業づくりに、この報告書が少しでもお役にたてば幸いである。