デンマークでは他国同様、デューイ(Dewey, J.)の理論に影響を受け、この40-50年間に教育全体が大きく変わったという。しかし、未来に向けた理想社会への変革までを視野に入れるデンマークのPBLの教育的特徴は、1800年代に活躍したデンマークの思想家グルントヴィの哲学の影響を受け、独自の哲学の上に発展した。
ニコライ・F・S・グルントヴィは、民衆・農民たち被抑圧者が主体的・積極的に発言できるような社会をめざし、「民衆の大学」フォルケホイスコーレを提唱した思想家である。グルントヴィ哲学の一つに、-教育とは教え導くことではなく本来「生の自覚」を促すものであり、「生きた言葉」による「対話」で異なった者同士が互いに啓発しあい、自己の生の使命を自覚していく場所が「学校」であるべき-というものがある。このような思想の影響を色濃く受け、デンマークのPBLは、多様性・参加・公正・選択の自由・主体性を重視した形で発展した。
2010年3月と2012年10月にデンマークでの調査を行った。初等から中等教育の視察で出会った教員や生徒から、「学校で学ぶべきことは競争のスキルより協力と合意形成のためのスキルと能力」「知識は使えることが重要」「イノベーションが大事」「哲学が不可欠」「持続可能な社会づくりのために知恵を」という言葉を繰り返し聞いた。また、PISA(※OECDが進めている国際的な学習到達度に関する調査(Programme forInternational Student Assessment))などの筆記試験の学力テストによる国際ランキングは気にせず、むしろ、生涯学び続けグローバル社会で能力を発揮する国際的なリーダー育成を目指しているという。
このような基礎教育の延長線上に、大学のPBLがある。デンマークの小学校から高校までのPBL基礎教育は、高い専門性が求められる大学でPBL本来の教育効果を上げるための礎になっている。高等教育(オルボー大学)は我が国の大学・高専の一般的な工学教育と根本的に大きく異なっている。当該教育方法は、 Aalborg PBL modelと呼ばれ、我が国のような講義中心の従来型は“伝統的な教育方法”として明確に区別される。Aalborg PBL model の特徴は次の通りである。
a) Aalborg Modelは特にProject Organised ProblemBased Learning modelとして知られる。“Project”とは「地域の環境改善を目的とする複雑な課題であり、新しい解決方法が求められる」。企業や行政等と連携する学生の積極的な行動が期待される。
b) カリキュラムは、図2-5に示す通り、一般的にはProjec(t 課題に取り組むプロジェクトワーク、理論と実習、演習、文献調査、論文作成など)が全単位の50%、Course(講義、演習、ワークショップなど)が50%となっているハイブリッド型PBLである。
c) Courseは、従来の専門科目の領域を超えた学際的・複合的な科目である。
d) 教員はスーパーバイザーとして関わり、学生グループを数名のスーパーバイザーが担当する。
e) グループワークが基本で、全てのグループに専用のスペースが用意されている。全学で1200以上のワークスペースがある。
f) 半年を1セメスターとする学期制で、各セメスターに一つの大きな課題が設定され学生たちはチームでその課題解決に取り組む。学士課程は、1~6セメスターまでの3年間、修士課程は1~4セメスターの2年間である。セメスターは、ProjectモジュールとCourseモジュールで構成され、学年や学科により割合は異なるが、合計30ECTS(900時間)の単位を修得する。ECTSは、欧州単位互換制度の単位である。
デンマークは、人口550万人、国土4万3千㎢の小国ながら、GDPは対1990年比で50%増加の経済成長を続けている。環境先進国として様々な政策と技術が世界の範となっており、例えばエネルギー自給率を1980年5%から2009年には120%へと躍進させている。食糧自給率も300%となり、福祉国家として高い税負担にもかかわらず、国民幸福度に関する種々の調査で世界1位の記録を持つ。ノボザイム、ベスタス、レゴなど、多様な分野で世界シェア上位の企業が多い。このようなグリーン成長戦略国への施策を支持するのが、国政選挙などで80%の投票率で示される自律的な高い民意である。初等教育から高等教育までを貫くPBLによる教育が、デンマークの福祉と環境技術による国づくりの根幹にあるとされる。