表2-2 行動主義、認知主義、状況主義の特徴の比較と工学教育への応用
行動主義
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認知主義
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状況主義
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知識 |
知識は刺激に対する反応の集まり | 構造をもった情報をもつこと,記号を理解したり,自ら構成すること | 人,物,技術,組織などの中に散らばった形で存在 |
学習 |
刺激と反応の結びつきをつくること | 概念の構造や認識構造を変えたり,利用したりすること | 何かの実践をしている人々で形成されるコミュニティーへの参加を強めること |
学習の転移 |
過去の学習との間の共通要素の量が学習の転移の大きさを左右する | ある領域にある概念や規則が一般性をもつようになり起こる | 同じコミュニティーで異なる課題への参加,または他のコミュニティーへの参加 |
動機づけ |
外発的動機づけを重視 | 内発的な動機づけが不可欠 | コミュニティー内部の人間関係が良好,そこでの実践が有意義だという認識. |
学習環境 |
教師と学習者の間に効果的な知識の伝達が行われるように教授・学習プログラムを組織.個人に合わせて,学習を個別化することが有効 | 学習者が自ら,理解をつくりあげられるように相互作用的な環境を用意することが望ましい | 探求や社会的な実践に学習者が参加する環境.自由に意見が言え,多様な人々や価値観が存在し,寛容である学習環境が望ましい. |
教育評価 |
知識の構成要素を測.独立性した多数のテスト項目に対する学習者の反応を統計的に処理 | 多様な知能を評価できるような,多様な評価基準を設ける | コミュニティーへの参加そのものへの評価や,コミュニティーの実践を大きく捉えた評価を工夫する |
教師 |
知識をもち,伝達する技術をもつ人.学習助成者,知識配達人 | 学習者の頭の中で何が起こっているか,学習者が何を考えているかを読み取る「認知心理学者」 | |
高専での教育的応用 |
通常の講義.技能習得型の学生実験 反復練習による熟達をねらったe‐Learning 試行錯誤学習,弁別学習,オペラント条件づけの考えを応用した「プログラム学習」 | 工学における基礎的な実技教育Project-based Learning,課題探求型の応用的実験,ケーススタディ,Problem-Centered Learningなど | 工学における実践的な実技教育Problem-based Learning,インタラクティブ・メソッドを使ったワークショップ,アクションリサーチなど |
1章、表1-1に示した種々の教授法の基となっている学習理論を教育心理学的な視点から分類し、工学教育への応用例と対応させ、表2-2に示した。
表2-2のように分類すると、従来型の学生実験「マニュアルに従う実験・実習」は、行動主義の特徴が当てはまり、前述したような現代社会が求めている能力の育成には、限界があることがわかる。
現代社会が求めている能力、例えば、「コミュニケーション力」「リーダーシップ」「プレゼン力」「対人交渉力」「協調性」「一般常識」「主体性」「論理的思考力」などの能力は、従来の知識伝達型や技能体得型、すなわち行動主義の学力観に基づく学習活動のみで育成することはできない。学習者個々の内発的動機を促す認知主義の立場に立った教育を提供することが必要である。
認知主義でも、特にデューイとピアジェらの研究から導き出された構成主義の認知理論に基づいた教育は、知識やスキルなどの習得に効果的であったことから、世界中の教育界で支持され多様な実践がされている。認知主義(構成主義)の学習環境としては、カナダの医学教育から始まり各分野に広がったProblem- Based Learningが最も優れた方法の一つであるとされている。
Problem-Based Learning もProject-Based Learningも、それぞれの教育学的特徴を押さえて導入することが、その効果を十分に発揮するために不可欠だといえる。Erik de Graaffand Anette Kolmosによると、「様々な議論の末、今日では多くの研究者が二つのPBLを区別している。大抵は、Problem-BLで学生が取り組む問題は、背景や状況が示された構造化されていない開かれた問題であり、それに対してProject-BLでは、学生は成し遂げなければならない(指導者によって用意された)課題に取り組むものと解釈されている。また、Project- BLは、課題解決が正しい方向に向くようにプロジェクトはしばしば指導者によって監督されることを優先する。もし課題が課せられなくても、従わなければならない変数や基準がある。」としている。
さらに、組織やコミュニティー(学習共同体など)の一員として、周囲に対して創造的な働きかけをしたり受け入れたりしながら知の生産に寄与できる人材を育成するには、どのような学習活動が適しているのだろうか。認知主義理論は個人心理学の色合いが濃く個の認知活動に焦点を当てているため対応が不十分であるとされる。コミュニティーへの参加の度合いにより学びが深まるとする状況主義の立場に立った学習活動を実技教育の中に取り入れなければならない。
時代は急速に情報化社会へと激変している。産業社会から情報化社会への変化によって起こると予測される教育の変化について、D.P.キーティング(1995)は表2-3のような比較をしている。個の認知活動に焦点を当てていた古典的なProblem-BasedLearningは、協働で新しい知を生み出すプロジェクト型の学びの要素を取り入れ、ヴィゴツキーに代表される状況主義理論に裏付けをされながら、変化と発展を続けていくだろう。
このように、教育心理学的特徴の違いを明確にした上で、行動主義、認知主義、状況主義に基づいた学習活動を適切に組み合わせた高専のための教育プログラムを開発することが重要であると考える。
表2-3 産業社会と情報化社会の教育の比較
産業社会
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情報化社会
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教育 |
知識の伝達 | 知識の生産・構築 |
学習の形態 |
個人的 | 協同的 |
教育の目標 |
少数者には概念的理解大多数には基礎的技能とアルゴリズムの習得 | 全ての者に概念的理解と意図的な知識の生産 |
人の多様性 |
生得的なもので絶対的 | 相互作用的,歴史的 |
人の多様性に対する扱い |
エリートを選択,残りの大多数には基礎的学力 | 多数の人々に対して発達的な考え方による生涯学習 |
予想される職場 |
工場をモデルとした職場,縦型の官僚制 | 共同学習をする組織体 |