ここで紹介するツール(手法)は、3章で紹介した学習理論を具体的な学習活動とするためのものである。このようなツールは、ここでは紹介しきれないほど多くの優れた手法が開発されている。また、これらの手法をベースにしながら、自分の授業で使いやすい形にして実践することも可能である。
大切なことは、どのような意図で、どのタイミングで、どのような効果をねらって教育プログラムに導入するのか、また、今、この状況で目の前の学生に本当にその手法が必要なのかなど、常に自問、検証しながら利用することである。
汎用的で優れた手法であるほど、実施すること自体が目的化してしまう危険性がある。前述した「体験だけ学習」や「這い回る活動主義」に陥ると、高専教育のような高等教育機関の専門レベルで使うことは逆効果である。塗りつぶし式の学びを提供していたつもりが、結果として図5-1のようにスカスカの学びになってしまう恐れは常にある。
基本的にはどの手法においても、次のいずれか2~3項目が満たされるように活動を方向づけ、学びを促さなければならないと考えている。
(1)学生自身の心と頭と体が活発に動いていること。
(2)自分が選んだという感覚(自己決定感)が得られること。
(3)やればできるという感覚(有能感)が得られること。
(4)自分のためになるという感覚(随伴性)が得られること。
(5)(2)や(3)の感覚を高めるような適切な報酬を意図的に準備すること。
(6)知識と理解の再構成が起こるような、社会的相互作用を通した互恵的な共同学習として機能すること。
(7)メタ認知ができる機会となること。
(8)自己評価や相互評価ができる機会となること。
らせん型で学ぶカリキュラムデザインの考え方
KOSEN型実技教育のカリキュラムデザインには、1960年代にアメリカで起こったカリキュラム改革運動から学ぶところが多い。日本では、1947年、6・3・3制の新しい教育が始まる際に、当時アメリカで定着していた「レディネス」という考え方が導入された。レディネスとは学習にとっての準備状態のことであり、学習は発達による準備が整わなければ失敗するという考え方である。しかし、その後の欧米の教育界ではレディネス論は問題となった。ピアジェの認識発達論に影響を受けたブルーナーはレディネスを批判し、カリキュラム構成のために、「らせん型カリキュラム」を次のように提案している。『発達段階によって、認識の“構造”が違っており、ものの見方が質的に違うのだから、ある教材をある学年で完全に教えるなどというようには考えず、学習者の“認識の構造(ものの見方)”に応じて、それなりの理解をさせ、次の発達段階が来たら、前に学んだのと同じ教材を再び新しい目で見直して、新しい発見をし、新しい理解をする。らせん階段のように、同じ教材を知的発達の段階(認識の仕方の段階)に合わせて、何度も学び直す機会をもたせるカリキュラムにしたい。』
この考え方は、実技教育において学生が能力を獲得していく過程に対する著者の実感と一致している。そこで、ブルーナーのカリキュラム論をふまえ、らせん型で学ぶことを意識して、獲得能力と学年毎の重点度合いを表5-1のように整理した。
技術者教育で育成する能力は、専門性の高まりに伴い質的に高まっていく性質のものが多い。一例として「合意形成のコミュニケーション力」について考えてみる。高専の導入教育と位置付けられる1年生の授業(P32技術者倫理入門)においては、3年生(p33プロジェクト型の学生実験)で体験するチーム学習での「合意形成」の場面と、専攻科(P41専攻科特別実験=社会に役立つものづくり)で体験する実社会で使ってもらう製品づくりに関わるステークホルダー間の「合意形成」の場面とでは、質的にかなりの違いがある。1年生ではコミュニケーション力の「大切さを知る」「難しさを知る」「基本的な方法を体験する」レベルでも良いが、それは最終的な学習の目的ではない。3年生になると、考え方の異なるチームメイト間で、個々に属する情報(社会的・科学的知識)を盛り込みながらより良い一つの解決策に絞り込んでいくような体験ができることが望ましい。専攻科では、実際のものづくりの過程で地域の人々や専門分野の異なる人の知見を取り入れ、さらには年代や社会的立場など文化が異なる人々と交渉しながら、ひとつの製品として完成させていく経験をすることが重要である。一例として「合意形成のコミュニケーション」を挙げたが、知識や他の能力においてもこのように一貫性をもたせて「使える」「できる」レベルに達するようにするために、学生の学びの質に焦点を当てた戦略的なカリキュラムデザインが必要だと考える。
それぞれの学習活動の中で利用するツールは、このように5-7年一貫でデザインが可能な高専教育の中に適切に落とし込み、学びのプロセスに組み込んでいくことが求められる。
著者が支援した環境材料工学科の1年生、3年生、5年生、専攻科生の種々の実技型授業において、それぞれの担当教員との協議・協力のもと、表5-1に準じ、らせん型で能力育成を試みることができた。(教育効果についてはP29、図3-22に示す。)