5-1-1 レポートの自己添削と丁寧なフィードバック
効果
(1)知識の習得
(2)情報収集、選択、活用、発信のスキル
(3)メタ認知力
(4)基本的ルール(論文作成に準ずる)の順守
(5)知的財産教育(著作権)
レポート作成は、調査力と情報リテラシーを身につける基本的な方法である。特に高専卒業生は、技術者、あるいは研究者として、将来は科学文を書くことによって自分の仕事を報告するような職業に就く場合が多い。レポート作成は、技術者として不可欠な種々のスキルを身につけることができることから、重要な基本的学習活動であるといえる。
しかし、学生側からみると、書きっ放し、提出しっ放し、教職員側からみると集めっ放しでは、全く意味がない。特に、1年生の時のレポートが肝心である。ネット上でたまたま開いたページを安易にコピーペーストしたものを提出して受領される経験を最初にしてしまうと、「あぁ、これでいいのだ。」というレベルの低い基準を、暗黙のうちに作ってしまうことになる。また、世の中に氾濫する膨大な情報の中から有用で信頼性の高い情報を選択し、それをレポートとしてまとめた後、何らかの活動に活用するところまでをセットで経験しなければ、学年が上がったときに使えるようなスキル育成には成り得ない。
手のかかる仕事であるが、学生の育ちのためには、丁寧なフィードバックが不可欠である。
しかし、レポートの添削そのものを、必ずしも指導者がする必要はない。添削してもしなくても重要なのは、指導者は学生のレポートに目を通してどれくらいの力があるのか見極め、どこまで何をどのように習得させるのかを見積もり、学生が自ら作成できるようになるまで適切にコーチすることである。
レポートの直しは、むしろ学生自身がした方が効果的だ。次の手順で学生に自己添削を促す。
学習活動の手順
(1)レポート提出後に指導者は全体に目を通し、学生の現在の能力のレベルを確認し把握する。
(2)確認済みの印をつけて、レポート提出日の翌週、各自に返却する。
(3)返却後、授業の始めに10分程度の時間を確保する。
(4)学生に赤ペン(有色ペン)を持たせる。
(5)訂正すべき箇所とその根拠を順々に説明し、それを聞きながら学生自身が自分のレポートに赤ペンで添削するよう指示する。※訂正の根拠を説明することがとても大切である。
(6)訂正すべき個所を指摘する際、学生が納得して聞いているかを確認しながら説明する。※常に学生たちの心理や認知活動を探りながら、教えの活動をすることが重要である。
(7)学生が自分で良くできていると判断した場合には、丸印を付けるように指示する。
(8)学生が自分で訂正すべきだと判断した場合には、レポート上の訂正すべき個所に、訂正内容が、後で自分が訂正するときにわかるようにメモするよう指示する。
(9)レポート評価の基準(図5-2調査レポートのチェック基準)を配付する。※印刷物の配付のタイミングは重要である。学生が、本当にその情報が必要なタイミングで配付すると一番効果が大きい。
(10)基準表は適切だと感じるかどうかを学生に問いかける。またはグループ内の学生同士で話をさせ全体で共有する。※時には意見交換をして、学生たちの納得する基準にするため見直すことも必要である。
(11)自己採点で点数を表紙に記入するよう指示する。
(12)翌週までに、添削箇所を修正し新しく作成したレポート作成を課し、有色ペンのメモ書きがある古いレポートと共に提出させる。
(13)内容や理解の間違いについては、一斉指導と個別指導を適宜行う。
(14)指導者の採点と自己採点を比べ、感想や気づきを述べさせる。※学生のレポート作成スキルのレベルがわかっている場合は、提出させずに自己添削タイムを設け、(4)から始めてもいい。
学動習活の意図
指導者側で行うレポート添削と点数付けは、学生が自分一人でできる「現下の発達水準」以前の能力を見ていることになる。他人の助けを借りて、今なし得ることは、明日には一人でできるようになるという「明日の発達水準」をみて伸ばそうとするならば、そこにどのような足場かけが必要なのかを見積もり、発達を促す学習活動(訂正箇所の指摘と根拠の説明、言葉かけ、基準表などのプリント、意見交換など)をデザインするのが、指導者の仕事となる。(P18参照)
すなわち、学生が自分一人でできる「現下の発達水準」と、他人(この場合は教師やグループメンバー)との協働の中で到達する水準「明日の発達水準」との差が、「発達の最近接領域」を決定するとする理論の応用例である。
この考え方は、レポート作成のスキル育成の場合のみならず、情報リテラシーの育成や基礎的な実験スキルの習得をねらう場合など、実技教育の様々な場面で同様に応用すべきである。
すなわち、最初、1人では気づかなかったことが、周りのチームメイトとの相互関係や協働の中で考えることによって気づくことが多い。それが、やがて、学生自身の内面的活動となって、個々人の論理的思考や倫理的判断、意思などの様式へ転化していく。それを、文章化して客観的に自覚することができるようになると、個々の能力として定着していく。
指導者は、そのプロセスが起こるように学習活動を組み立てファシリテートするが、学生がすっかり自分一人でできるようになって、次の新しい「明日の発達水準」が見えてくるまで、先導的役割を果たすことが必要なのである。
特に一年生の授業では、ここにしっかりと手間と時間をかけることが、主体的な学習者を育てることになる。
指導者が属する学会等によって、学生指導上のレポート作成ルールが異なる。しかし、どの分野に進んでも応用できるような基本的な科学レポート作成のルールがある。 |
著者らは、1年生の4工学科一斉授業のテキスト用に次の教材を作成した。図5-2はその一部である。 |
5-1-2 ジグソー学習
効果
(1)協働による問題解決過程における思考の外化と共有、その重要性の実感を得る。
(2)学力格差や競争原理による個人主義の克服。
(3)個の責任と協働の責任をふまえた協調的な雰囲気・文化の醸成。
(4)自尊感情とともに他者への好意的感情、メンバー間の尊敬を高める。
(5)協働的な相互依存関係、互恵的教授の促し(ピア足場かけ)。
ジグソー(jigsaw)学習は、カリフォルニア大学サンタ・クルズ校の社会心理学者のアロンソン(Aronson, E)が1970年代に考案し始めた小集団学習の方法を改良したものである。教材やテキストなどのあるテーマを個々のメンバーが分担して理解した後、相互に持ち寄り最終的には集団としての全体的な理解に至ることを目指す。このような学習は、社会的・心理的・認知的側面のいずれにも効果的だといわれている(Johnson, D.W.)(Johnson, R.T.)。
ジグソー学習に適した学習内容は、断片的な知識や幅広い知識を万遍なく覚えたりするような学習ではなく、一貫性をもって深く理解するものが推奨される。
学習活動の手順
(1)5~6名のメンバーによる学習グループを編成する。
(2)学ぶべきテーマをいくつかの課題に分割して、メンバー間で分担する。
(3)各学習グループから同じ課題の分担者が集まりジグソー集団を編成する。
(4)ジグソー集団で、割り当てられた課題のための調査や実験などを行い課題解決や課題理解のための活動を行う。
※具体的には、ジグソー集団内で調査内容を説明し合い問いかけ合って、理解を深めたりそれを共有する活動。
(5)ジグソー集団での活動後、元の学習グループに戻る。
(6)ジグソー集団から元の学習グループに戻った学習者は担当した分野の専門家として、ジグソー集団での活動の結果を報告し、各メンバーがそれぞれに理解した内容を共有して学習グループ全体の理解に至る。
学習活動の意図
学ぶことを学ぶ「学び手の共同体」を育み、共同体を構成する知的初心者が育成される学習形態である。知的初心者とは未知の領域を学ぶ時に、その背景的知識をもっていなくても獲得の仕方を知っている学習者のことをいう。自らの共同体の中で適応的に活動できる熟達した知的学習者(自律的学習者)への過程である。
高専で学んだ学生が、いずれ技術者として社会で能力を発揮するには、組織の中で自ら学び続けることが不可欠である。そのような視点に立つとき、学校の役割は「学ぶことを学ぶ場」であり、すなわち、自律的学習者見習いとしての訓練の場であるともいえる。
ブラウン(Rrown, A.L.)は、「学び手の共同体」を育む原理を次のように挙げている。
①学習者が学びの主体となっていること。②個々が専門性に責任をもち、多様な発達の方向性と機会を重視している。③基礎としての対話と協働があること。④意義のある本物の活動に当事者として関わることを選択すること。⑤文脈化・状況化された学習、活動の目的が明確で応答的に評価し合えること。
「学び手の共同体」では、学ぶべき特定のテーマの範囲内で学習者が得意分野や関心領域を選択し調査することが望ましい。すると、必要な専門的知識が共同体の中に分散して存在(分散認知)することとなる。学習者自身が、能動的な研究者や指導者、モニターの役割を担い、指導者は自律的学習者のモデルやガイドとしての役割を果たすという「意図的学習」の環境が整備されることになる。
「共同」「協同」「協働」などの言葉の使い方は、一般的には厳密には区別されておらず、同様の意味を有する英単語からの訳も訳者によってまちまちである。本報告書では、共同学習や学びの共同体など、状況主義の学習論におけるチームによる学び方を表す場合に「共同」を使う。一方、特に協力して何かを作成したり、新しい知を生み出したりするような創出行動を強調したい場合に「協働」を使っている。