PBL 教育プログラムの有効性

図1 PBL教育プログラムの卒業後の影響調査
図2 調査の限界について
本ページでは、★高専の工学教育における PBL 教育プログラムの有効性★ (第5章は2020~2022.科研 (C)20K02525の助成による)【pdfファイル28.6MB】の、「第5章 PBL教育プログラムの有効性」を中心に報告します。

 このサイトのPBL 教育プログラム開発の目的は,イノベーションを担う創造的人材を輩出することであり,社会で力を発揮することが期待される.

 この教育プログラムで目指す人材像は,「社会や身の回りの諸問題を科学技術の側面から解決し得る総合的能力を備えた人」としてきた. 具体的には, (1) 科学技術を担う専門家として自覚と責任と高い技術力が発揮できること, (2) 社会や身の回りの諸問題に対して他の専門分野の人々と協力して,より良い解決策を見出し実行し得る意欲と能力を有すること, (3) 社会科学や人文科学の視点も採り入れながら望ましい社会開発の方向性について提言ができること, という達成目標を挙げた.

 その目標を実現するために開発した教育プログラムの詳細(高専本科1 年生から専攻科までの6年間の連続的で一貫したPBL 教育プログラム)については,本ページ上にリンクを貼ったPDF(「高専の工学教育における PBL 教育プログラムの有効性」 (2020~2022.科研 (C)20K02525の一部助成による執筆論文))にて報告している.

 本ページでは,上記の教育プログラムを受けた2007~2015 年の卒業生を対象に,現在の専門職業人としての特性への本PBL 教育プログラム影響を調査した結果の概要を報告する.

【調査の協力者】 本PBL教育プログラムは,K科は本科1年生から専攻科1 年生までの6年間にわたり専門科目の中で実施し,他の3学科は専攻科1年生でのみ実施した. K科の卒業生も他の3学科の卒業生からも協力を得ることができた.本ページでは,上記の教育プログラムを受けた2007~2015 年の卒業生を対象に,現在の専門職業人としての特性への本PBL 教育プログラム影響を調査した結果の概要を報告する.

【質問紙調査とインタビュー調査】 調査は,K科と他の3学科の2群に対して,質問紙とインタビューにより実施,その結果を分析した.質問紙調査は43名(回答率は24.2%)から,インタビュー調査は各群6 名ずつの12名から回答が得られた.インタビュー調査の協力者は,K科も他学科いずれも,プレ調査協力者を除いて自ら協力を名乗り出てくれた卒業生だった.いずれの回答者も卒業生全体の中では,積極性があり,仕事も順調で心に余裕がある(K科の1名は倒産により失業中で収入もほとんどなかったが心は前向きだった)人たちであると考える.

【回答者の特性】 K 科は,入学時は偏差値が4学科中一番低く,特に英語が苦手で,他の学科を志望していた不本意入学の学生が多かった.学歴は,質問紙調査ではK科の方が低く,インタビュー調査でも,K科は学士3名,修士以上3 名,他学科は学士1 名,修士以上5 名であったことより,調査協力者の学歴は総じてK科の方が低かった.K 科は,英語が苦手で第一志望ではない不本意入学が多く,本科の勉学はあまり熱心ではなかったという自己評価をし,実際に1 年次から5年次の成績は低かったが,在学中に,特に英語と社会学的な分野の学ぶ意欲が高まり,4 年次から専攻科にかけての高専時代後半4 年間の自学自習時間は長かった.

【調査の結果概要】 調査の結果,K 科は,社会人として約10 年を経た現在,他学科に比べて,(1)から (3)の全てにおいて優位性が認められる結果が得られた.このことより,本研究で開発したProblem-BL の学びのプロセスとESD を埋め込んだ一貫性のある連続的PBL教育プログラムの教育効果が,社会人となって10 年前後の卒業生の現在の姿に影響を与える一つの要因であることが示唆された.

 資質(1)に関しては,社会人となった現在,K 科は他学科に比べて最終学歴は若干低いが,現在の仕事に関する処遇,仕事内容,人間関係には満足しており,友人も多く年収も高い.これらは,専門職業人として求められる能力を発揮していることの表れであるといえる.

 資質(2)に関しては,K 科は他学科に比べて社会人汎用力が高いという結果が得られた.K 科も他学科も,社会人汎用力と学生時代のPBL 科目の熱心さとの間にやや強い相関が認められ,K 科は社会課題を扱った科目の役立ち度や自学自習時間などのPBLの特徴との間に相関があり,他学科は一般的に言われる通り卒業研究や正課外活動で説明できることが示唆される結果を得た. 職業人としての専門性を支えていると考えられる現在の読書頻度や自己学習頻度はK 科の方が高く,社会や経済に関する知識,英語力の自己評価は,高専入学時のそれを挽回している.社会や経済に関する知識や英語力は,4 学科共通のカリキュラムで教授していたことより,この差異は専門科目の枠内で何らかの要素が影響したと考えられる.その一つとして6 年間継続して専門科目の中で実施した本PBL 教育プログラムによるものが考えられる.特にProblem-BL により育成されるとされる自己主導型学習の習慣が,今日に至るまでの勉学を促したことが示唆される.また,問題解決への意欲と行動力などの能力は,主にインタビュー調査の回答として表れた.「問題解決の方法」「大学卒との比較・自分の強み」として,本教育プログラムの特徴的な部分が卒業生の語りの中に表現された.

 資質(3)に関しては,K 科には,入学直後よりESD(Education for Sustainable Development)の要素を含む,具体的には持続可能な開発の概念やグローバル社会の現状と課題に関するテーマの授業を行った.その「環境」「社会」「経済」をバランス良く扱うPBL 教育を受講したことで興味・関心が喚起され,現在に至るまで仕事と関連付けていることが推察される.具体的には,質問紙調査の結果に,学生時代後半の社会や経済に関する知識,英語力の自己評価の高さに表れており,インタビュー調査では,就職先の選択時に外資系や外国人の多い職場を自ら選んでいることや,地元企業を選んだ卒業生でも国際的な社会問題と仕事とを結びつけている語りとして表れた,さらには,自分には未来を変えることに参画する意欲があるというような未来に対するグローバルな明るい展望も語られた.それらは,「関心ある社会問題」に関する中で複数名が表現した.

 K 科は,高専教育を振り返って,勉学や人間関係,学生活動全般に満足しているが,PBL 科目や社会課題を扱う授業の重要性を感じもっとやるべきだったと考えており,現在の社会生活に対する高専教育の役立ち度に関しては少々批判的に捉えていた.これらのリフレクション力や批判的思考も,本PBL 教育プログラムのプロセスで養われた可能性がある.また,機械,電気,化学などの伝統的で確立された学問を体系的に学ぶ他学科とは異なり,材料系という分野横断的特性を有する.このようなことから,K 科は,材料からのアプローチにより機械も電気も化学にも関連付けながら工学を広く学ぶことが特徴で,それが社会に出た時にも,仕事を分野横断的思考で捉えることができる強みとなっているということが考えられ,本PBL 教育プログラムの影響が出やすい学問的特性を有していたといえるかもしれない.

 その他,今回のインタビュー調査では,K 科,他学科のいずれからも,大学受験のない7 年間のゆったりした自由な時間,15 歳から学生として扱われること,学びの責任は自分にあると自覚させられる高専の教育システム,そして教員や友人との良好な人間関係が,主体性や協働的に学ぶ姿勢を育んだという意見が多かった.高専教育の弱みの一つとして,しばし「中だるみ」が指摘される(水谷,2013 他)が,これは一分一秒を惜しんで机にしがみつくように勉強をするような姿勢に安心を感じる教員側からの見方ではないだろうか.学生個々が自分に合ったペースで学び,失敗し,悩み,やがて自力で立ち上がって力をつけていくには,受験のない5-7 年間という寛容な時間の流れ,自らをゆっくりと見つめることができる環境(渦中の学生は苦しみ悩むが),そして教職員や学生同士の多様性を受容する関係性が大きな役割を果たしているといえ,長期的視野に立った成長において重要な点であると感じた.

 さらに,K 科も他学科も,大学受験経験者と比較し,一般教養的な知識幅で劣るも入社後の数年で挽回可能で,最初感じた劣等感は克服できると語り,むしろ,知識と実践の有機的なつながりや,行動力や工学的アクションのセンス,創造性,チームワーク,コミュニケーションに自信があり,それは「仕事で活かせているため全般的には優位性を実感している」とし,先輩たちの活躍する姿をロールモデルとして捉え,高専卒であることの誇りを感じるという意見が多かった.卒業生の語りでは,それは本高専に限らず,他高専の卒業生も同様に感じるということだった.

 以上のように,卒業後10 年前後の現在の姿には,全体的には高専教育の特徴からの強い影響があり,K 科卒業生には,特にProblem-BL を重視した本PBL 教育プログラムの影響が示唆される結果を得た.

 上記の結果を導き出した調査の詳細を以下に掲載する.

     5-1 卒業生調査の目的

     5-2 方法
        5-2-1 対象者
        5-2-2 調査方法
        5-2-3 調査の限界

     5-3 質問紙調査の結果と考察
        5-3-1 質問項目ごとの比較
        5-3-2 項目ごとの比較のまとめ
        5-3-3 相関行列のヒートマップと重回帰分析
        5-3-4 不満の分析
        5-3-5 質問紙調査のまとめ

     5-4 インタビュー調査の結果と考察
        5-4-1 生成された主題
        5-4-2 主題が生成された語りと考察
        5-4-3 インタビュー調査のまとめ

     5-5 卒業生調査のまとめ

     参考文献

     ★1章~終章までの目次と、5章全文